独り。地平線の見える、唯々広い荒野に立っていた。草も木も雲も空も、太陽
さえない。暗い暗い闇の中、薄茶色が浮かび上がった荒野だけが目の前に広が
った。上下だけが分かる世界。そこに自分は独りいる。歩いても変わることの
ない風景なのに、歩くことをやめない。走ることも座ることもなく。上が黒で
下が薄茶色の視界に飽きて真っ黒な上を見上げるとそこに吸い込まれて足下も
暗闇に捕らわれてしまう。


「っ、」


いつもそこで目が醒める。
何時かあの闇に墜ちるのだろうか。





「まった、朝から暗いな〜。怖い夢見たんでちゅかー、」
「てめぇ、ぶっ殺すぞ」
「いやいやこれでもマジで心配してんだって。まーた、砂漠の夢、」
「…砂漠じゃない。本気で心配してんなら、内容くらい覚えてくれ」
「悩み過ぎなんだって、坂下はさ」
「そりゃお前は脳天気だよな。底抜けに」
「げ。それって結構酷いよ。俺はこんなに真剣に悩んでいるのに!」
「どこが、」
「坂下はどうしたら俺の事好きになってくれんのかな、って」
「…有り得ねぇ」
「少しも、」
「一ミリも」
「じゃあ一ミクロンくらいはあんの、」
「阿呆」


荒野を歩いている時、闇に墜ちかけている時。
隣に誰かが居ればいいと思うけれど。其れはこいつでは無理だろうな、と思っ
た。直感的に。


「俺もさ〜、最近その夢見んのよ」
「は、お前が、」
「そうそう、坂下ちゃんとシンクロしちゃってんのよね」
「ああ、そう」
「うわ、マジだって!その冷た〜い視線怖いなぁ。だから女も寄ってこないん
だぜ〜、」
「いらないし」
「俺がいれば充分って…あ、ちょっと!今のは結構本気なんだけど!」
「知らん、勝手にほざいてろ」


誰かの夢にシンクロするなら、こいつがいいな、と思った。
多分、幼稚園児が絵に描くようなでたらめさで、太陽とかきっと渦巻いてて。
棒みたいな手しかない人間とか。そんなもんばっか出てくる、きっと楽な夢。
何処へ行くのにも空を飛んで、何時になっても真っ昼間で。



夢の中はずっと、暗闇。そして、俺は遂に其処に落ちた。
ふと見上げた空の中に、相変わらず真っ黒かと思ったのに。
其処に僅かな光が見えた気がした。一つだけの星のような。
それを凝視して、手で掴もうかと伸ばした瞬間に、重力が逆転してしまった。
文字通り、俺は暗闇の空に落ちた。
頭の上に、荒れ果てた荒野が見える。見つけた筈の星は、一体どこへ行ったの
か。


「坂下、起きてっか、」
「…星、」
「おーい、大丈夫かよ。まだ昼間だし。星なんか見えないって」
「…どっちかって言うと、お前は太陽だな」
「もしもし坂下ちゃん、マジ大丈夫、」
「…オレ倒れたのか」
「そこをナイスキャッチしたのがオレよ。お姫様抱っこしちゃったv」
「あ?」
「わわ、怒っちゃやーよ。仕方なかったんだぜ?それとも屋上に放っておいた
方が良かったのかよ」
「…。屋上、」
「…屋上行ったら、坂下ちゃんいてさ。声かけようと思ったらいきなり目の前
で倒れてんの。あれは焦ったねー」


急に空を見たくなった。空はどんな色だったのか。急に不安になったから。授
業終わりのチャイムを聞かずに屋上へ出た。
何の躊躇もせずに見上げた空は、予想していたよりも遙かに高く、今まで自分
が見ていたものが何て低かったのだろうと驚いた。そして、其の薄い色の中に
真っ白い太陽がちかちかとしていたので。

眩しくて眩しくて。


「陽平、」
「え、」
「そうだ、お前の名前、よーへーだ。だから太陽なのか」
「ってか、坂下ちゃん。俺の名前知ってたのね」
「うん、羨ましいと思ってたんだ。ずっと、」


忘れていた。自分が荒野のように荒んだ心しか持っていなかったから。燦々と
輝くような太陽の、彼が。酷く羨ましかったんだ。救われる、その光に。


その日の夢の中で、荒野に一本の木を見つけた。枯れたような其の姿を近くで
見ると、一つの蕾がついていた。真っ暗な世界がそこから明るくなって、黒い
空の中に小さな星が光った。其の星の名は太陽。暖かな、日差し。荒野が荒野
でなくなる、一歩を、踏み出せた気がした。




        




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