並盛中の応接室は、雲雀恭弥の個室と言ってもいい。大きなふ
かふかのソファは今日も部屋の主を乗せている。廊下をばたば
たと走る足音が聞こえたかと思うと、部屋の扉が勢い良く開い
た。


「恭弥、」
「!」


予想通りの人物を振り返ると、予想外の強い光が瞬く。驚いて
思わず目を瞑るが、目の中にちかちかと赤い光が残った。改め
てその光を放ったと思われる人物を見ると、見慣れない黒い塊
を首からぶら下げ、にんまりと笑っている。黒い塊から厚めの
紙状のものを取り出し、ひらひらと団扇のように扇いでいた。





                                  


                            ポラロイドカメラ







「振り返った瞬間ゲット」
「…何してるの」


恭弥は能天気に笑っている人物を見て嘆息する。部屋に入り、
ディーノは反対側のソファに座った。相変わらず手は四角い紙
をひらひらとさせている。


「近くの中古屋で見つけたんだ」
「確かに古いね」
「でもちゃんと機能してるんだぜ?」
「ふぅん」


古いポラロイドカメラはディーノの手の中で黒光りしている。
絵が出ていない写真を机の上に乗せ、近くにあったボールペン
で何かを書き始めた。ボールペンを反転させ、ごりごりと線を
描く。


「これをこーすると〜」
「…」


何かを書き終えて満足げなディーノの傍らで、写真は徐々に絵
を浮かび上がらせる。右半分に恭弥の顔が映り、その横に吹き
出しを付け、『ディーノ大好き』と書き込まれていた。そこら
の女子高生がプリクラに落書きをするように、星やらハートの
柄も加えられている。それを半目で眺めていた恭弥は居たたま
れなくなり声をかけた。


「…悲しくならない?」
「…悲しい」


予想以上に冷たい声にディーノはうな垂れる。冗談として片付
けてくれた方がどんなに気が楽だろうか。さりげなくその写真
を懐にしまい、再びカメラを構えようとした所で部屋の外から
声がかかる。


「ボス。お電話が入ってます」
「おー、分かった」


部下のロマーリオの控えめの声が連絡が入ったのを知らせる。
手に持っていたカメラを机に置いて、ディーノは部屋の外へと
出て行った。蛍光灯の光がカメラを照らす。


「…」


恭弥は自分が撮られた時のことを思い出し、そのカメラを手に
した。思いの外重い。ずっしりとした重量を感じ、ゆっくりと
構えてみる。レンズ越しに見る世界は少し違って見え、十分に
興味の対象に足りえた。視野が狭いその世界の中に、何かを収
めたい気持ちが分かるような気がする。戻ってくるであろう人
物を待ち構え、恭弥は部屋の扉に向き直った。


「ただいま…おわっ」
「あなたの間抜けな顔」
「何だよ、気に入ったのか?」


部屋に入る瞬間にシャッターを切る。ポラロイドカメラ特有の
音を立て、写真が出てくる。それを手に取り、先ほどと同じよ
うにひらひらとさせている恭弥を見てディーノは笑った。学校
と戦い以外で興味を示すものはあまりないと踏んでいたディー
ノは、間接的にではあるが興味を持てるものに関われたことを
嬉しく思う。


「…すぐに画は出てこないんだね」
「じわじわ出てくるのを見るのも楽しいぜ?」
「そんなに気は長くないんだけど」
「知ってる」


ちょうど、茶褐色の色が出始めたあたりでため息混じりに恭弥
が呟く。もう既に飽きてしまったのか。写真を返す素振りを見
せるので、ディーノは写真を受け取った。そして、先ほど撮っ
た写真と同じようにボールペンの反対側で何かを書き始める。


「オレからのメッセージ付き写真、」
「要らない」
「…即答過ぎるだろ」


がっくりと肩を落としつつも、写真を机に上に置き、ディーノ
はソファから立ち上がった。持ってきていたポラロイドカメラ
を手にし、帰り支度を整える。


「…帰るの?」
「ああ、さっきの電話が仕事の話でさ。ちょっと行ってくるよ」
「ふぅん。いってらっしゃい」


大して寂しい様子を見せない恭弥に苦笑しつつ、ディーノはそ
の場を後にした。少なくとも『いってらっしゃい』と声をかけ
られたことは嬉しいのだ。足どりは軽かった。


応接室の机の上に、一枚の写真が残されている。自分の写真を
取り返し損ねた、とそれを見て恭弥は思い出す。同時に今目の
前にある写真に何が書き込まれているのか気になった。すっか
り画が出きった写真には、カタカナでメッセージが書き込まれ
ていた。


「…バカな人、」


手にした写真には『アイツテル』と書かれている。カタカナは
まだ勉強中らしい。それでも意味することは容易に汲み取れ、
口元が緩むのを恭弥は抑えた。


今度は自分が何か書いてみようか。次に会う時に、同じように
ポラロイドカメラを持って来る事を密かに願った。
















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