銀色の玉が俺の命運を決める。タイムリミットまであと10分。中
央の入り口には入らず、別の穴に吸い込まれて行った。煙草を取
り出したが、空になっているのを忘れていた。箱をくしゃりと左
手で握りつぶし、貧乏ゆすりを始めたひざの上に置く。

今日も平穏に過ごせるはずだったのに。
くそったれ。 








                                                     パチンコ









「はい、オレの勝ちー」


無情にも、閉店を知らせるアナウンスが流れた。ゆっくりと隣を
向く。高くつまれた箱の横で、可愛らしく悪魔は笑った。  


「ほら、約束は守らないと」
「殴んで」 


本気九割で俺は拳を握る。何が悲しくて、野郎とこんなところに
入らなくてはいけないのか。まず、目の前できゃっきゃとはしゃ
いでいる男が、あまり男らしくないのが原因だ。そうでなきゃ、
パチンコ屋で声なんかかけなかったのに。からかうつもりで言っ
た賭けがとんでもない方に流れて行く。金品をせびられた方がど
んなに良かっただろう。 


「男らしくないなぁ」
「お前に言われたないわい」
「じゃ、約束守ってね」


ぐりぐりと異様にでかい黒目がこちらを見ている。化粧で修正さ
れたそこらの女の目よりも、よほどでかいんじゃなかろうか。そ
んなことを考える頭とは別に、ありえない状況に緊張しまくった
体は渇きを覚えていた。冷蔵庫から出しておいた缶ジュースに手
を伸ばす。 


「…やっぱ無しやろ」 


幾分か潤った口は強気に物事を言う。そう言ったところで、すで
に危機的状況なのだが。男同士でラブホに入ることなどない。そ
ういった人種が存在することは知っていた。しかし、身近な話で
はなかったはずだ。少なくとも今朝までは。 


「あんたこの辺の人でしょ?パチ屋なんて限られてるよなー」
「張るつもりか」
「このまま逃げる気ならね」 


なんてことだ。俺の人生の楽しみと、俺の貞操が天秤にかけられ
た。今時には珍しい黒髪が、さらさらと流れる。きっと女ならさ
ぞかし美少女だっただろう。神様は何故こいつの性別を間違えた
のか。 


「じゃ、オレ掘られる方で良いよ」
「へ?」
「気持ち良ければどっちでも」 


不意な提案に思わず間抜けな声が出た。こいつとの賭け内容は勝
ったらやらせろ、だった。負けた俺はやられる立場だったはずな
のだが。 

「なに、やられる方が良いの、」
「んなわけないやろっ」


間髪入れずにつっこみを入れる俺に向かって、本物見たー、すげ
ーと言っているこいつはなんなんだろうか。その間にもお互いの
距離を詰められる。シャツの合間から見える鎖骨が、妙に艶めか
しく見えた。薄目にして見れば、女に見えないことはない。高め
の男の声も、ボーイッシュな女だと思えば良い。犬に咬まれたと
思えば、人生も経験だ。俺は必死に自己暗示をかけ、目の前の仮
想女が乗ってくるのを静観していた。正直、女の穴の締め付けよ
りも数段上だ。騎乗位のため、搾り取られているようで嫌だった
が。目の前でおっぱいでも揺れていれば完璧だったのに。 


「…っう」
「気持ち良いなら、言って欲しいな」 


これほど積極的に下半身に刺激を加えられたことがなかったため、
口から思わず声が漏れる。それを上から嬉しそうに眺めながら仮
想女は言った。気持ちよくないと言えば嘘になる。お腹あたりに
当たる奴のものを無視すれば、なかなか可愛らしいのだ。 


(…可愛いてなんじゃい)


自分の思考につっこみを入れつつ、快楽に身を委ねる。そこから
は本当に一瞬で、遠慮なく奴の中に吐精した。  自己嫌悪でベッ
ドにつっぷしていると、頭をゆっくり撫でられる。気持ち良いな、
と目を閉じかけたが、それが誰の手であるかを思い出し、すぐさ
まにそれを払った。ぱしっと乾いた音がしたが、気にしない。払
われた本人はというと、こちらよりも気にしていないようで俺の
飲みかけだったジュースをごくごくと飲んでいる。 


「…お前、名前なんて言うん、」 


自分でも何故そんな質問をしたのか不明だったが、聞いていない
のだから尋ねて何が悪い、と言い聞かせた。目が落ちるんじゃな
いかと思うほどぱっちりとこちらを見ている奴は、しばらく間を
空けてにっこりと口を開く。 


「なっちゃん」
「…は」 


女の名前かと言う前に、彼が飲んでいる缶ジュースが視界に入る。
先ほどの名前のオレンジだ。そうか、どうせこの場限りの関係な
ら本名を名乗るのも馬鹿らしい、ということだろう。 


「あんたは?」
「ごんべー」
「マジで?」
「せや」
「渋いな〜」 


名無しの権兵衛で充分だ。若干イライラしている俺を後目に、
『なっちゃん』はけらけらと笑った。本当に考えが読めない男だ。
どうせついでだ。そもそも聞きたかった話を彼に振った。 


「なんで賭けに乗ったんや」
「勝てると思ったから」
「…はっきり言うやないか」
「分かり易いのが好きなんだよ」  


パチンコも同じでしょ、と彼は笑う。その考えは分からないでも
なかった。好きか嫌いが嘘か真か疑いばかりの人間関係に嫌気が
さした頃にパチンコを始めた。玉が入れば良しで、入らなければ
悪しだ。勝てばその日は気分が良いし、負ければ寒くなるばかり。
これ以上分かり易いことがあるだろうか。 


「じゃね、ごんちゃん」
「…おう」
「いつでも賭け、乗るよ」
「するか、あほ」  


軽口をたたきつつ、俺は奴を見送った。明日からのパチンコには
力が入るだろう。再戦があっても勝てるように。 


「…待つのとちゃうからな」 


自分に言い訳をする分だけ虚しくなる。彼ともう一度会うのをど
こかで期待しているのだ。今、心にある感情はなんなのか。もや
もやするのは性に合わない。自分の好きなパチンコのように、白
黒はっきりさせようじゃないか。
















ブラウザで閉じちゃって下さい
*気まぐれな猫*http://kimagure.sodenoshita.com/*