LIE...




あたしは、人に嘘をつく。嘘をつくのは楽だからだ。
名前、経歴、性格、癖。好きな物、嫌いな物、何から何まで。
もし、何かを否定されたとしても、其れはあたしではないし。
本当のあたしではないものをどうこう云われたからと云って、あたしは何も怖
くない。








怖くない。









「りんは時々分からないね」


今時珍しく、長い黒髪をさらさらと流しながら、其の髪の隙間から、黒く大き
く縁取られた瞳を此方に向けて、ゆうこは云った。
さらさらと流れる黒髪は、風に揺れている。最近風が妙に冷たくなってきた。
外にいるのが億劫だ。それでもあたしがゆうこと一緒に外にいるのは、あたし
がゆうこを好きだからだ。


「時々さ、私が見えない所見てる感じ」

「そんな事ないよ」

「うーん、そうかなあ」

「同じ物、見てるよ」


只、其れを表現する時に違うだけ。
ゆうこはあたしをりんと云う。ゆうこが知っている、唯一の真実。あたしが
ゆうこを好きになったから、一つだけ教えた嘘ではない事。


「りんはさあ、好きな人いるの、」

「いないよ」


いるよ。ゆうこが好き。


「この間、男の人と歩いてたの見たよ」

「見間違いぢゃないの、」


其の人も好き。皆好きで、皆嫌い。



ゆうこは自分が聞いて欲しい事を、人に尋ねる癖がある。
あたしは其れを知っている。あたしが知っているゆうこの本当。


「ゆうこは好きな人出来たの、」

「…へへ、あのね、バイト先の人なんだけど」


黒い瞳がきらきらとして、薄桃色の唇が奇麗に弧を描いた。両手の平を合わせ
て、楽しそうに話し始める。最近入って来た新人のバイト。
其の彼に仕事を教えている事。
食事に誘われた事。
彼の背丈の事。


「告っちゃえば?うまく行くって」

「えー、そうかなあ」


ゆうこが望んでいる答え、知ってるよ。あたしは。
あたしは嘘をつくけれど、…つくからこそ本当の部分が良く見える。きっと、
他の人よりはっきりと。






一週間後にバイトの彼は、ゆうこの彼氏になった。
其の一週間後にあたしにゆうこは紹介した。
そして其のまた一週間後。






ゆうこの彼氏はあたしを好きだと云った。







「ねえ、どうして。どうしてりんは…っ」


控えめな色のマニキュアの爪が、頬を掠めた。あたしは咄嗟に身を引いていた
からだ。だけれど反対側から出てきた手には反応できなかった。

ぱしん、と乾いた音がする。

人を叩き慣れていない柔らかい手の平。頬がぴりぴりと痛む。
皮膚は寒さを感じているのに、何処よりも熱い。



「どうして、何も云ってくれないの…っ」



ゆうこの涙は奇麗だ。あたしが流す物とはきっと違う。
あたしは何も云えない。ゆうこに云える本当の事は、あたしの名前だけ。




あたしがすきなのはゆうこのきれいなそのきもち





「りん、好きだったのに、」





ゆうことあたしの気持ちにどれ程の差があっただろう。あたしは何も云えない。
本当の事が云えない。云ったら壊れてしまう。本当の事を、本当のあたしをさ
らけ出して、其れを否定されてしまったら、あたしはどうなってしまうのだろ
う。


あたしは其れが怖い。


本当の事を云うのが、怖い。





「     」






嘘つき。









あたしは、人に嘘をつく。嘘をつくのは楽だからだ。
名前、経歴、性格、癖。好きな物、嫌いな物、何から何まで。
もし、何かを否定されたとしても、其れはあたしではないし。
本当のあたしではないものをどうこう云われたからと云って、あたしは何も怖
くない。








怖くない。


怖くないのだ。











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