昔日の。




  





ごめんなさいね、



と



母は言った。












「結構派手にやってんな」

「夏のイベントだからね。主催者側も力入るってもんじゃ
ない、」



家を出る前から、遠くで聞こえる祭囃子が耳に残った。マサ

キと待ち合わせたツバサは其の音がだんだんと近づいてくる

のを感じつつ、祭りのある神社へと歩を進める。辺りはすっ

かり夕闇で、さぞかし祭りの灯が映えるだろうな、とふと思

った。


近道を、と細い道を歩き神社と目と鼻の先の砂利道へ出る。

マサキの言うとおり、それは思ったよりも大がかりな物で、

提灯が脇に並んだ階段を大勢の人が上へ上へと登っていく。

境内前にもあるのだろうが、すでに此の辺りにも出店が出て

いて、色んな音と匂いを出していた。



「何か食べるか、ツバサ」

「んー、食い物はいいから何か取ってよ。ヨーヨーとか、
あの辺にある景品とか」

「お前は、」

「お手並み拝見。どうしようもない感じだったらやろっかな」

「さいですか」



出掛ける前に、玲が用意した浴衣に着替えていた。ツバサは

白基調の、マサキは紺基調の、金魚の柄が入った物だ。ツバ

サの方は、例によって女物に近い配色のような気もするが、

反論する気も起きないほどの玲の笑顔にツバサは消沈した。

カラカラと下駄がコンクリの道を鳴らす。


景品を取るために、マサキは無難に射的を選んだ。立ち位置

こそ、屋台のカウンターで区切られているものの、実際の所

腕を伸ばしても何ら問題はない。



「ご希望は、」

「特になし」

「…」

「嘘だって。何か難しそうなのがいいな」

「景品の希望はないのかよ」

「玲が喜びそうなやつ」

「…どれ、」

「何でも。あ、あの安そうな小瓶」

「的ちっせぇよ」

「どんまい」



夏だと余計に際だつ白く、細い指が景品の並んでいる棚の

上から二番目にある煙草くらいの大きさの箱を指した。周り

の物と比べても、やはり其れは小さい。百円で二発、という

射的にしては安い価格に、マサキは嘆息と共に納得をした。

其の小さな小瓶の入った箱は小さかったが他の景品も小さい。

屋台の親父はにやにやと客を眺めている。



「あ、」

「…何か重そうだな」

「掠ったのに。落ちないと貰えないんだっけ、」

「確か、そう」

「頑張れ、マサキ。外したら仇は取ってやるから」

「仇討ちかよ」



一発目は景品に当たりはしたものの、其れ自体が僅かに動い

ただけである。中の小瓶が重いのか。それとも其の箱自体に

何か細工がしてあるのか。どちらにしても是は手強い。マサ

キはもう一度身を乗り出し、景品の直ぐ側まで銃口を伸ばす。

狙いを定めて二発目をはなった。乾いた破裂音とぼす、とい

う景品が裏のクッションに落ちた音がした。


二発目は、ちょうど箱の上を狙って打った。てこの原理であ

っけなく景品を落とすことが出来、マサキは取り敢えず安堵

する。屋台の親父から其れを受け取ると、ツバサに渡した。



「…サンキュ」

「…お前、もしかして祭り嫌いか、」

「え」

「何となくだけど」

「それはマサキじゃないの。オレに奢らなきゃいけないし」



そう言ってあははと笑う。

ツバサの表情が曇った気がした。けれど、マサキには其の理

由が分かるはずもなく、只尋ねるだけだったが。曇っていた

表情は直ぐにいつもの顔に戻り、人混みの中を進んでいくツ

バサを追いかけた。














「あ、」

「何、」

「鼻緒切れちゃった」

「どれ、」

「ほら。…ま、直らなくもないけど。立ったままじゃ無理」



再び二人して歩くようになり、次は何か食べるか、また何か

景品を取るかの話をしている最中。ツバサの鼻緒が切れた。

赤い紐が穴から抜けているようだった。ツバサは仕方なく、

近くにあった灯籠の石段に腰を下ろす。履いていた下駄を脱

いで、小さく息をついた。



「ね、マサキ。かき氷買ってきて」

「お前は、」

「修復ついでに休憩」

「…」

「イチゴと宇治金時ね」

「オレに選択権はないんだな」

「二つ食べたいけど二つも食べられないし」

「…了解」



いつもの我が侭か、とマサキは半ば諦めつつその場から一番

近いかき氷の屋台を探しに歩いた。ツバサは其の姿を見送り

つつ、裸足になった足を石畳に放った。親指と人差し指の間

に薄く擦れた跡がある。普段運動靴しか履かない足だ。慣れ

ない草履に、今頃になって痛みが出てきた。





座っているツバサの周りを大勢の人波が通り過ぎて行く。

祭りの囃子。人混みの雑踏。子供の笑い声。過去の祭り。





「…」





祭りは、厭いだ。

幼い頃に一度きり、両親と夏祭りに来た事があった。忙しい

仕事の合間を縫って、久しぶりに家族が揃った時だった。

初めて聞く囃子、明かり。全てが新鮮で楽しかった。たこ焼

きを食べた。ヨーヨー釣りをした。わっかを投げた。

そのうちに、父の携帯に着信が入り、仕事だと行って母と自

分を神社に残して行ってしまう。そして、暫くもしない内に

母の携帯にも同じように着信が入った。


もう帰るのだと言われても、厭だと駄々を捏ねた。折角、こ

んなにも楽しいのに。其れが終わるだなんて耐えられなかっ

た。そして母は、聞き分けのない子供を躾る為に、置いて行

くよ、と言い残して人混みの中に消えた。直ぐに追いかけれ

ば追いついたのかもしれないけれど、その時の自分は意地に

なって其の場を離れようとしなかった。そして、追いかけよ

うと走り回った結果本当にはぐれてしまい、行きに来た道を

必死に思い出しながら家路に着いた。














ごめんなさいね、と母は言った。




母は、自分を見つけられなかった。














既に日が落ちた道を、だんだんと遠くなる祭囃子を聞きなが

ら、独りで帰る。楽しかった筈の囃子の音が一層孤独を浮き

彫りにし、泣くまいとして涙が零れた。














「ツバサ、」

「…」

「一人で帰るつもりかよ」



過去を思い出しながらいつの間にか祭りの中を歩き回ってい

たツバサは、既に境内から降り、階段下の砂利道にいた。背

後から、二つのかき氷を持ったマサキが嘆息しながら呼び止

める。



「携帯繋がんねーし。氷溶けるし。食うか、これ」



既に溶けかかって下に液体として溜まっている代物をどうし

ようかとツバサに問いかけた。






ごめんなさいね、

と

母は言った。







「マサキ、」

「何」

「好きだ」

「は、」

「好きだよ。有難う」

「…おう」




帰り道。

祭りの囃子が遠くなる。空が一層暗くなる。氷が溶ける。

…隣にマサキがいる。


隣にいてくれて有難う。

彼の昔日に迷子になった自分を見つけてくれて有難う。

一緒にいてくれて有難う。





「来年も来るか」

「夏休みの課題が終わってたらね。もちろん、マサキの」

「へーへー」





祭りが、好きになった。


昔日に泣いていた自分はもういない。










*あとがき*

ええと、夏祭りって楽しいだけではないんぢゃないかな、と
思いまして。私なんかは、お祭りは好きなんですが、お祭り
が終わってしまった後の…何というか、切ないような寂しい
ような感じが強くてですね、あまり行きません。ツバサだっ
たらどんなもんかいな、と思って、マサツバで。







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