・記憶の交差2



「なぁ、情て分かるか」
「情、愛情とかの」
「…そうや」

その言葉を聞いて最初に愛情の二文字が浮かぶあたり彼らし
い、と思った。やはりそういう環境に生まれて来たのだと。
全く妬まないと言ったら嘘になるが、納得する部分が多い。


「オレが最初に受けた情は、多分同情やった」
「…」


ツバサは聞く側に徹している。聞いているのに尋ねもしない。
その距離が心地よかった。

生まれてこない方が幸せだったろうに。そんな言葉が聞こえ
てくるほどに周りの態度はあからさまで。それを受け流す術
を持たなかった為、反発することしか出来なく。そんな自分
を受け止めてくれる者などいなかった。母親もそのころは、
父親である男と揉めに揉めていたから。

心のどこかで。
自分の全てを受け入れてくれる人を探していたのかもしれな
い。
彼がそうだといい。

言葉に含む複数のセンテンスを見抜ける。そして、こちらが
意識していないことまでも。それに感づくから、こちらもそ
れに気付くことが出来る。気付いてくれるほど自分は構われ
てなどいなかったから。


「本当にそう思うの、」
「何で」
「思っていたらそう簡単に口に出来ない」
「…」


そんなこと、と言いかけて何故かそれは喉でつまってしまっ
た。彼の言うことが正しいからかもしれない。でもそれを否
定したい自分がいることも確かだ。


「何か不思議だね、初対面でこんなに話せるなんて」


気まずい間になる前に彼がそれを破った。また気を遣わせて
しまったのか。彼といると自分の幼さが露呈して具合が悪く
感じられる。それでも先ほどの問答を気にしていないのか、
表情は軽い。


「初対面だからやろ。後腐れないつき合いが出来る。話した
いことだけ話してさいならや」
「後腐れがあるような話を、サトウはしないでしょ」
「…」


自分のことを自分以上に分かる人間が目の前にいる。それが
嬉しくもあり、驚きの対象でもあった。最初彼を見たとき何
故年下だと思ったのだろう。外見に惑わされたこともあるけ
れど、きっと家族の中の彼を見ていたから。家族の中の彼は
ちゃんとそこの家の「子供」であり、今目の前にいるような
ものではなかった。

ここにいるのは彼自身だ。
何がどう影響してこんなにも大人びさせてしまったのか知る
よしもない。彼はこの違いを自覚しているだろうか。そうい
うことはやはり他人が見た方が分かるから、同じようにこち
らの事を分かるのだろうか。


「自分が望むことの逆を言ったら、叶わなかった時に楽だと
でも思ってるの。そんなのただの自己満足だよ、見てるこっ
ちが辛い」


自分を見ているようで、と小さな声で彼は付け足した。


サトウは自分が望んでいる相手を違えていたことに気付いた。
自分の甘えを赦さない人。少しの嘘も、つかせてくれない。
だから惹かれたのか、と苦笑混じりに納得した。車の中の彼
と目があったのは仕方の無かったことなのだ。きっとどちら
にしてもそれに捕まっていた。







「さっきの話だけど、オレはサトウに情を持ってるよ」


話していて、彼はひどく自分と似ているとツバサは思った。
境遇云々ではなく、何かが。うまく言葉では表せないけれど、
どこか確信めいて言葉は多く言わなかった。きっとそれで伝
わってしまうから。


「…好きなんか、」
「どうだろ」


分かった上で驚いたのか、少し言葉を送らせてサトウは言う。
やはり分かってしまう。自分でも分かりかねていたことを言
葉で伝えれば、どう解釈されるかで、自分がどう伝えたかっ
たが間接的に分かることがある。サトウはこれの典型だと思
った。


「…オレはお前見とるとめちゃめちゃにしてやりたなる」
「本心、」
「嘘ついてもばれてまうやろ。格好悪いやんか」
「いいよ、しても」
「躊躇っとるくせによう言うわ」


テレビの中で見たワンシーンを真似て、唇を重ねた。柔らか
いものがあたって、自分のものもこんなに柔らかいのかな、
と考える。冷静に考えながらも体は硬直していて。唇が離れ
てやっと、自分が息を止めていたことに気づく。ひゅっと細
い音をたてて勢いよく気管の中に空気が入って咳き込んだ。


「やっと顔崩したな」
「当たり、前っ…」


顔に熱を持ちながら咳き込むツバサをサトウは背中をさすり
ながら意地悪く笑う。ツバサにしてみても、彼の顔が崩れた、
と思った。やはり似ているのだろうか。


「オレ、泊まんのやめとくわ」
「どうして、」


一通り笑い終えた彼の口からそんな台詞が飛び出した。驚き
を隠せなく、そのまま問い返す。


「一緒におんの、良さそうやけど…やっぱあかんのや。別に
駄目になるとかちゃうんやけど…まだ早い気ぃする」
「…そう」


そんな風に答えるのではないかと半ば予測は立っていた。そ
れでも聞いてしまうのは、やはり彼の口から聞きたかったか
ら。


「サッカーやってる、オレ」
「…」
「もしサトウがサッカーをし続けるならまた会える」
「会えるか」
「会えるよ」


言葉にしたら少し頼りがいがあった。自分で自身を持って言
うことはこんなにも頼もしい。それを教えてくれたのは彼。
彼が今サッカーをしているか、とかはあまり関係ない。ただ、
何か繋がりを見いだせるなら。


「せやな…一度会えたんやもんなぁ」
「そうだよ、二度会うことなんて大したこと無い」


同意に同意を重ねて胸中で繰り返す。寂しいのか、と自問し
て首を振った。そんなことはない。ただ彼に情を持っただけ
だ。


「そん時は名前教えてや」
「お前もね」


彼は引き合いに「姫さん」という呼称を出して置いて一度も
そうは呼ばなかった。そのまま別れて、家族には適当な事を
言って置いた。もう一度会ったとき。サトウなんて呼んでや
るもんか。











「シゲ、お前昔当たり屋やってたろ」
「その当たり屋にほだされたやろ、ツバサ」
「なんだ、覚えてたの、」
「覚えとらん言うても怒るくせに…むくれんなや」

口を尖らせた頬の両側を軽く手で挟んで、シゲは笑った。ど
ちらで答えても、おそらくツバサの機嫌は損なったはずだ。

ツバサは幼い記憶の中の彼がシゲだと言うことにすぐには気
付かないでいた。だけれど、彼は先に気付きながら、何も言
わなかったことに腹立たしいと思う。


「だいたい、なんで金髪にすんだよ。同じ訛りのある話し方
じゃあ、外見だけが判断の頼みなのに」
「ほんならお前、オレとサルが同じ格好しとったら見分けつ
かんのかい」


シゲは方眉を上げて、くっくと笑った。どうしてツバサがそ
う言ったか分かっているようだった。


「…つくよ、それは」
「なんぼ自分が先に気ぃつかへんかった言うても、ちょお言
い訳じみとんな」
「意地悪い言い方。昔のが可愛かったよ」
「ツバサに影響されたんや」


肩を抱いて引き寄せ、シゲは軽くキスを落とす。触れられた
額を相手の胸に擦りつけるようにしてツバサは腰に抱きつい
た。あの頃は大して身長も変わらなかったのに。


「狡い、お前ばっかバカみたいに伸びて」
「バカみたいて何やねん…まあ、ツバサに勝てるもんそおな
いんやから、背ぇぐらい勝たせてや」
「よく言う、」

お互いあれから逞しく育ってしまった。それにツバサは自分
が劣っているとまでは思わないが、少なくとも劣勢に立つこ
とがおおいと思う。何の刃向かいにもならないと思いつつも、
抱きついた腰に腕の力を込めた。


「痛っ、痛いわ、ツバサ」
「本気出したら、てこの原理で折るから」
「半身不随てしゃれにならんやろ、キスしたいから離してや」
「……ホント、狡い」


シゲの思惑通り、少し顔の赤くなったツバサにキスをして、
笑う。


「もう咳き込まへんねや」
「当たり前だろっ」


ぽかりと殴って、またシゲは痛いと漏らした。あの頃はこう
やって二人でいることなど考えもつかなかった。今はただ、
「似ている」だけで一緒にはいない。

二人に共通するものはサッカーだけではない。
幼い日の記憶が二人の間で交差している。


                         fin.



・あとがき・
23巻読んでいて書いた、と思ったのですけれど。
どの辺りが23巻なのか…(汗)
いや、討ち入りあとの話を読んで何か書きたいと思ったので
す。あの黒髪びゅーちぃぼーい(死)を。結果、何だかなよ
なよしいシゲが出来てしまったわけですが(笑)
本当に、こんな小中学生いたら怖いですね!
ツバサ達がもう少し年いってたらアレなんですがー。
私、何年前〜とか言うのを想像膨らまして書くの好きなんで
す(出た)何年後〜とかよりも好きな場合もあります。

現在のツバサたりはもっとラブラブすると思ったのですが。
あ、してる?(笑)
ものっしょい好きだー!(>_<)ていう以外の好きの形が書き
たかったのですー。
思いの外長くなってしまって申し訳。








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