ひどくなつかしく
なみだがながれた









                              風が攫う










今、思えばそれは初恋だったのだ。
自分を甘やかさずにかまってくれた身近な人間。半ば、ボヴィーノ
にに放されていた自分にとって、ようやく日本で居場所をみつけた
彼は近く、遠い存在だった。同じような、まったく違うような。ど
ちらにしろ、そんなことを判断出来る年齢ではなかったので、よく
分からないことがある度、泣いていた気がする。


「黙れ、アホ牛」


いつも眉間に皺を寄せ、こちらを向いて声を張り上げる。たまに手
が出ようものなら、周りから批難を受けていた。そんなことをする
ものではない、と。周りに言われても改める様子がない。女性に言
われて喧嘩することも多かった。黒髪の女の子はよく泣く子供を守
る為に、よく喧嘩していた。そのうちに内容はどんどんそれて行き、
腕に抱えられたまま、知らない内容が頭上で交わされる。

それが、たまらなく。
たまらなく、悲しかった。

手を伸ばしても届かないあなたの手は、決まって10代目の意思に
よって動く。何かの為に戦い、拳を握り締める。それがだんだんと、
彼自身の考えで誰かを守るために振るわれた。時に、優しく誰かの
肩の上に置かれたのだ。


「何してんだ、」
「…、シャマルさん」


声をかけられ、はっとする。気づくと、遠くに見える海岸線に日が
沈みかけていた。出港する船が見えるかと思い、なるべく高い屋敷
のベランダに出ていたのを忘れていた。光に慣れ過ぎた目は、背後
の暗がりから出てくる人物をシルエットでしか捉えられていなかっ
た。跳ねている髪や、少し猫背の細身の体。船に乗ったはずの人物
かと思い、情けなくも声が上擦った。


「お前、行かなくて良かったのか」


小一時間前に船が日本へ出発した後の港を見ながら呟く。潮風が強
くなった。乱された髪をシャマルは慣れた手つきで掻き上げた。問
われたことを反芻し、言葉を選ぶ。

「これでもボヴィーノの一員ですから。今、この地を離れるわけに
 はいかないんですよ」
「昔みたいに泣いて頼まなかったのか」
「…何年前の話ですか」

ちょうど、思い返していた頃の話をされて焦った。むしろ、話題に
出されたことを思い出すと恥ずかしい。リボーンを倒すために来た
日本は居心地がよく。帰還命令が出た時も、日本に滞在させてくれ
と頼む為だけにイタリアへ戻った。泣いて頼んだかは別として、懇
願したのは事実だ。
白蘭との戦いが終わり、一端イタリアに皆が集まった。そこでも居
心地が良いと感じた時、誰のおかげなのかを実感したのだ。その彼
は、もともと日本にいたメンバーを揃え、日本へ帰る。それを、自
分は見送った。


「風向きが変わりましたね」


強めの風が海へ自分の体を後押しするように吹いている。先ほどと
は逆の風だ。だが、相変わらずベランダという障害物にあたり、髪
を乱す。潮の匂いはなくなり、代わりに戦場の匂いがした。


「近くに軍事訓練の施設があるんだろ」


振り返る動作で気づいたのか、シャマルは情報をよこす。町並みか
ら少し外れたこの辺りには、そういったものがあるらしい。匂いだ
けでなく、訓練中であろう音も風に乗って来ていた。銃声や、爆発
音。さすがに人の声はしないな、とぼんやり考える。


「銃の音きいてもビビんなくなったな」


それは違う、と言いかけて、笑うだけに留めた。確かに、最強のヒ
ットマンに迎撃された過去を見ると、銃の音で身構えるのも頷ける。
けれど、反応したのは爆発音。身構えたのではなく、あの人を思い
出して泣きそうになる自分を止めていたから。シャマルは懐から煙
草を取り出し、こちらを伺う。どうぞ、と言うと火をつけ、紫煙を
吐いた。

火薬の焦げたにおい、そして煙草。懐かしさを感じたのは、あの頃
の彼を思い出したからだろう。流れる涙を止めようとは思わなかっ
た。すべて流れてしまえば良い。風向きが再び変わり、潮の匂いが
強くなった。先ほどまでの匂いを惜しく思った自分に思わず笑う。


「泣いたりすぐ笑ったり。お前、変わらねーな」


そうですね、と言えただけ、自分は成長している気がした。














*あとがき*
小松様への捧げものです。
小松さんの絵は信者を集めたい宗教主にオススメしたいくらいです。
引き込まれました。
獄ハルラン的なものは、今まで一切ノータッチだったのですが。
やられました。破壊力抜群です。
妄想大爆発。
すみません。貰って頂けたら幸いです。