「恭弥、好きだよ」






                              その距離。





 


ディーノの声は、少しだけ低く響いた。十年前の面影を残す男の顔
は相変わらず口元が緩んでいる。屋上という広い空間が、狭い場所
のように感じた。間違いなく空は晴れていて、風は吹き、お互いの
距離は変わっていない。

ただ、彼の声がまっすぐに届いた。まっすぐに届き過ぎて距離が掴
めなくなった。

距離にして、タイル二枚半。

今感じられる世界はその狭さだ。相手を見やると、ちょうど雲の合
間から日が差し、彼の髪を照らす。薄く透ける金糸の髪に、鳶色の
瞳が浮かび上がっていた。 


「…お前にしか言えない。…やっぱオレはへたれだな」 


その瞳が半月に歪む。大きな目の目尻には僅かな笑い皺が入ってい
た。そして、しばらく凝視した後申し訳なさそうに逸れた。 


「…」 


ディーノの言葉を考えるまでもなかった。彼からの言葉は、自分で
あって自分でない人物への言葉だ。諦めるように呟かれたそれが物
語る。自分を通して誰かを見る。それが十年後の自分であっても許
せなかった。


「そんなのは直接本人に言いなよ」
「…そーだな」
「…僕に言わないでくれる」
「きょ、」 


当てることよりも振り回すことに重点がずれた。トンファを思い切
り振り、ディーノの言葉を塞いだ。ぶん、と勢いよく風を切ったト
ンファは金色の髪を数本焼き、ディーノの体勢を崩す。

タイル二枚半の距離は確かに近かった。しかし、彼との距離は十年
分だ。その期間どんな言葉を交わし、どんな表情を見せ、どんな記
憶を共有したかなど知らない。

その自分にディーノの視線は同じ時間軸に上がるように促したのだ。 
到底追いつけない、この距離を。  

よろめいたディーノは間合いを取り、恭弥から離れた。変わらずに
武器は出さない。自分が悪いと思っているからか、武器など出さな
くても勝てると思っているからか。どちらでもないのか。 


「僕にはあなたが分からない」 


彼の行動が何を意味するか、手に取るように分かったのに。この屋
上で闘ったのはつい最近のことなのに。この距離は届かないと思い
知らされる。 


「…あなたなんて、知らない、」 


同じ人間のはずなのに違う。この心地悪さはいくら攻撃しても治ま
りそうにない。それでも恭弥は手を弛めなかった。間合いを詰め、
再びトンファを振る。無駄のない動きでそれをかわすディーノは、
やはり自分の知る彼のではなかった。 


「あなたを倒せば戻れるの、」
「倒すって…まぁ、大まかに言えばそうだな。倒せるくらいの実力
 つけたら今後の闘いも…っうお?!」
「なら話が早い」
「早すぎだろ!ったく、こーゆーとこは変わんねーな…」  


ディーノは嘆息すると鞭と箱を出し構える。骨ばった白く長い指に
はめられた指輪が炎を灯した。対峙する恭弥も炎も灯し、構える。

少しだけ十年分の距離が縮まった気がした。















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年月はとても大きく、広いものだと思うのですよ。
10年てめちゃ長い。しかも、ヒバリさんにとっては、一番の成長期なわけじゃ
ないですか。
その10年を過ごした人と、これから過ごす人ではやっぱり大きな距離があると思うのです。
ね。
そんな感じなんです。








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