ああ、これが嫉妬なのか。出来れば気付きたくなかった。






                              

                                                           暗雲と空











手のひらの中で湯のみが割れた。少し力を入れただけで割れるなん
て随分安い作りのものだ。あとで哲に言っておこう。そう考えなが
ら、畳に広がった染みをぼんやりと見下ろした。

じわりと水分が畳の隙間に入り込み、色を変えていく。確か先週替
えたばかりだった気がする。替えたといっても畳返ししただけで、
入れ替えはしていない。それでも見た目新しいものが汚れていく様
を見ているのは気分の良いものではなかった。

まるで自分の心を見ているようだった。染みが広がる。それに伴い
畳の色が変わっていった。


「恭さん、どうされたんですか」
「湯のみが割れた。片付けておいて」


ちょうど菓子を持って来た哲が何事かと声を高くする。その横を通
り過ぎ、恭弥は部屋を出て行った。右の手のひらに痛みを感じる。
湯のみの破片で傷つけたのか僅かに血が滲んでいた。


並盛では。一番長く、時間を共有していたのは自分だった。それは
もちろん、リボーンを除いてた。ディーノがイタリアからこの地へ
来て、自分と出会い色んなものを共有する。それが普通だったのだ。
それを今さら壊されるとは思わなかった。


「スクアーロ、」


その言葉だけで十分だった。その名を一言呼ぶだけで知りえなかっ
たことが全て見えた気がした。ロマーリオたちへのような、部下と
上司の関係とも違う。綱吉たちへの兄貴ぶったものとも違う。少し
だけ気負ったような声色。名を呼んだその相手と対等でいたいとい
う、少しだけの気負い。

長い銀髪。動きに合わせててさらさらと流れた。スクアーロはな
んだへなちょこと言って笑う。眉間に皺を寄せ、口元の片方だけ
を上げた表情を、ディーノは笑顔として受け止めた。彼らの過去
に、どんなことがあったのかは分からない。それでも、特別な間
柄だということはすぐに分かった。


「お、なんだ。恭弥もいたのか」
「まだ話は終わってねぇぞ、へなちょこ」
「だからへなちょこ言うな。いい加減名前で呼べっての」


白蘭との戦いが終わった後、いったん引き上げることになった。
その引き上げ先はボンゴレの地下基地。10年前のメンバーと、
未来のメンバー、更にはボンゴレ、ヴァリアーが入り乱れる異様
な空間になっていた。幼い姿の恭弥は、大人びた2人を前に立ち
尽くす。

雲の性質は増殖だ。自分の内にある黒いものも増えていくようで
我慢がならなかった。シェルターの扉を閉め、足早にその場を去
った。特に言うことはない。話すことはない。今のこの気持では
何もかもうまく話せない。


「ちょ、恭弥?!」


無言で踵を返した恭弥を不審に思い、ディーノは慌ててその後を
追った。彼の幼い姿を見るのは単純に10年ぶりだ。その彼が何
を想い、どう行動するのか分からない。それほど、10年前と今
とでは距離感が違っていた。


「どうしたんだよ、何か用事があったんじゃないのか?」
「もう終わった」
「は?」
「もう用事は済んだ」
「じゃあ何怒ってんだ」
「怒ってない」


この問答に意味はない。恭弥は胸中で溜息をついた。こんなこと
ならあの部屋に行かなければ良かった。数分前の自分の行動が悔
やまれる。いつもの笑顔を見れば平気だと思ったのだ。あの、底
抜けに明るく、見ているこちらの気分まで上げるような笑顔。し
かし現実は、それは自分の為だけのものではないと知らされる。
まったくの逆効果で終わってしまった。

無言で歩き続ける恭弥の前に、無理やりディーノは回りこむ。後
ろから肩を掴んでも良かったが、どんな反撃をされるか分からな
い。念のためにポケットに忍ばせてある匣を服の上から確認した。

瞬間、恭弥の匣が展開される。匣に触れたディーノの行為を戦闘
態勢だと認識し、発動したのだ。2人の間に1匹のハリネズミが
現れる。炎が広がり臨戦態勢に入った。しかし一向に相手に向か
おうとはしない。


「…戦いたいわけじゃない、か。匣兵器は素直だな、恭弥?」


心を表すように炎を灯し、ぶつけどころを定められないハリネズ
ミ。それは恭弥そのものだった。動こうとしないハリネズミに、
ディーノは手を伸ばし、顔の近くを撫でてやる。炎は相変わらず
放出したままだが、その表情は容易に汲みとれた。ディーノの指
に顔を預け、気持ち良さそうに目を閉じる。


「ほら、お前も来いよ」


手を広げ、促す。お前もハリネズミのように素直になれと言わん
ばかりだ。いつもの笑顔で、恥ずかしげもなく言葉を発する。確
かに彼は大空だ。どんな雲が広がろうが、雨が降ろうがそれらを
全て受け入れる。その雲が暗雲でもきっと同じなのだろう。

自分に嫉妬を感じさせたのは彼だ。
だがそれを浄化出来るのも彼しかいないのだ。

理解した自分と認めたくない自分が胸の内でひしめく。その結果
フラストレーションは炎となってハリネズミに還元された。肥大
した力は、いつも通りディーノに向かった。














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自分の感情が匣兵器に伝わっちゃうとかにやにやしてしまう。
しかも、匣兵器が主人の気持ちを汲んでるとかおもろい。
未来遍は本当にカオスですね。
色々入り乱れすぎです。
まあ、腐的にはおいしいんですけどね!













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