どうしても見たい顔があった。
どうしても確認したい事があった。   









                              あなただけ








「う、ぁ」 


小さい悲鳴にも似た声が部屋に響く。その一つ一つの反応が何より
新鮮だった。ぎしりとスプリングが鳴る。逃げようとした恭弥の腰
をディーノが掴んだ。湿った肌は滑りにくい。捕まえるのは容易だ
った。 


「なんで逃げんだよ。気持ちいいだろ」
「それとこれとは別だよ」


体を捻りながら、恭弥は呟く。腰を掴むディーノの手から逃れよう
と体を動かすが、結果的にベッドの端に追いやられるはめになった。
中途半端に触られていた為、逃しきれない熱が恭弥の体に溜まる。
しかし、目の前に人がいる以上、自分で処理するわけにもいかない。 


「オレのこと嫌い?」
「…今答える必要はないでしょ」
「や、あるよ」 


言いながらディーノは距離を詰めた。左腕の入れ墨が、ゆっくりと
恭弥に近付く。相変わらず警戒しているのか、その動きを片時も見
逃さないように目で追っていた。避けるわけでも、反撃するわけで
もなく。恭弥はその腕を静かに見ていた。指先が頬に触れ、顔の骨
格を包むように手のひらを添える。 


「お前はオレのこと好きだよ」
「なんで言い切れるの、」
「だってさ、」 


唇を捉え、ディーノはにっと笑う。 


「嬉しそうな顔してるぜ?」 


恭弥の目が驚いたように見開かれた。しかし、それも一瞬でいつも
の鋭さを戻して視線を逸らす。黒髪がたれ、横からでは表情が読め
なくなっていた。ディーノはゆっくりと恭弥の前へ上体を屈める。
白い肌だ。肩から首筋、垂れた髪をかきあげて顔を突き合わせる。 


「見ないでくれる、」
「やだ」
「…かみ殺す」
「後でな」 


腕が動く前にそれぞれの手で封じた。優しく、感触を確かめるよう
にキスを落とす。その行為は言葉よりも雄弁で、何よりも愛しんで
いる様子が窺え、恭弥には何よりも気恥ずかしかった。様々な感情
をぶつけられるのはままあった。殺意であれ、敵意であれ、畏怖で
あれ。さして気にとめる対象ではなかったのに。

愛しい、と、全身が物語っているような人間は苦手だ。こんなにも
心を揺さぶられる。その先にある感情は恭弥自身知り得ないものだ
ったので、それこそ怖いものだった。 


「ほら、力抜いて」
「…っ無理」 


普段使わない器官を使っての行為だ。どこかで無理も出てくる。日
本人平均を軽く越えているディーノのそれは、容易く受け入れられ
るものではない。男女のこういった経験さえ浅い恭弥にとって、分
からないことばかりで思考が埋まる。 


「恭弥、」 


力みきった体を撫でながら、ディーノは優しく囁いた。無理をさせ
ているのは承知している。それでも、こういった形で確かめたかっ
たものがあったのだ。この気持ちはきっと母国語でも正確に伝えら
れるか怪しい。言葉どころか、動作も止まってしまったディーノを
見て、恭弥は嘆息する。

自分を気遣って言葉を探しているのだろう。容易にくみ取れてしま
う表情は、マフィアのボスとしてどうなのだろうか。疑問に思いつ
つも、それが彼の長所でもあるのかと思いなおし、金色に流れる髪
を手ぐしで梳いた。


「あなたの好きにしなよ。僕は受け入れてあげるから」


緩く笑む恭弥を見て、ディーノは体温が上がるのを感じる。好戦的
な笑みも好きだが、こういった表情はなかなか見ない。自惚れかも
しれないが、愛されていると思える表情。これが見たかったのか、
と、頭の隅で自分が問いかけた。

自分だけの顔が見たい。彼だけへの顔を見せたい。唯一だと思える
何かが欲しかったのだ。自分の望むところを形にしてくれた相手に
ディーノは抱きつかずにはいられなかった。自分よりも一回り小さ
い体は、力を入れれば折れてしまいそうな細さを持つ。


「恭弥、すげー好き」
「…分かったから」
「お前も照れるんだな…痛!」
「殴るよ」
「殴ってから言うなよ」


トンファを構えるときの癖なのか、振りかぶると同時に当たったの
は肘だった。じんじんと痛む脇をさすりながら、ディーノは恭弥を
抱えてシーツの海に沈んだ。















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