あなたと笑うのが好き
あなたと泣くのが好き
あなたと戦うのが好き









                              あなたと、   











いつかこうなるんじゃないかと、頭のどこかで考えていた。でもそ
れはずっと先なんだとも思っていた。遠くないどこかでこの結末が
あるとしても、もっとあなたと時間を共有してからだと。そう信じ
ていたのに。 


綺麗にエンバーミングされたディーノが横たわる。   


「うぅっ…ボス…」
「ばかやろーが…ちくしょう」
「ボス、なんでだよ…」


黒い服を身にまとったキャバッローネの面々が、人目も気にせずに
大人気なく泣いていた。彼らを束ねるボスと同じくらい、陽気で笑
顔の絶えない連中だとは思えない。大粒の涙が足元にぼたぼたと落
ちていた。  


ほら。
あなたを必要としている人たちがこんなに泣いているよ。
そんなところで寝てないで、さっさと目を覚ましなよ。 


エンバーミングなんて。日本のように、ありのままで見せてくれた
なら、いくらか彼の死を受け入れられたのに。生前の顔を細部まで
表現する技法はひどく邪魔だった。だって、あの顔は良く知ってる。
ただ寝ている顔なのに。 

後悔ばかりがぐるぐると頭を巡る。耳に残るのは、いつもと変わら
ない「愛してる」。昨日の夜までは、電話口の向こうで確かに生き
ていた。和平交渉を好む彼が、武力に訴えなければならなくなった
と嘆いていた。 


「そんなことなら僕が代わってあげるのに」
「ダメだって。恭弥は巻き込まない」
「意地っぱり」
「お互い様だろ」 


結局最後に赴いた敵地で死んでしまった。過って迷い込んだ子供を
庇ってだなんて、あなたらし過ぎる。最期ぐらい、僕を巻き込んで
も良かったのに。まぶたに触れ、なぞる。開くことのないその丸み
を確かめるように、ゆっくりと辿った。金色の長い睫が影を落とし
ていた。

この奥にある網膜には、最期の何が映っていたのだろうか。

彼が助けた子供の泣き顔?
慌てて駆け寄る部下?
敵対勢力の弾丸?
血にまみれた土地?  


「…恭さん、」 


涙が止まらなかった。優しすぎるディーノ。マフィアのボスにはに
つかわない性格。平和を愛し、皆の幸せを願っていた彼が。その彼
が最期に見た画は、望んだものとどれだけかけ離れたものだったの
だろう。それを想うと涙が止まらなかった。  


「恭弥、ボスの最期なんだが、」
「聞きたくない」
「…あんたの名前を呼んでたよ」 


聴こえた気がした。かすれた、甘い声。すがるわけでもなく、すぐ
そばにいるように呼びかける声。 


「……そう」
「綺麗な青空だった。ボスはそれに向かって呟いて…目、閉じちま
 っ…」


言葉尻は聞こえなかった。ロマーリオが声を押し殺して泣くのが、
周りの悲しみを煽った。  

空。彼が見ていたのは空。  




「…またイタリアに戻るの」
「仕事なんだ。…むくれんなって」
「仕事でも私用でもあなたがいないのは変わらないよ」
「お前、可愛いこと言うようになったなー」
「茶化さないでくれる、」
「まーまー。俺はいつだって恭弥のそばにいるよ」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃねーって。ほら、」

「…なに?」
「あの空は、日本とイタリアでも繋がってるんだぜ?」
「…」
「あの空の下にいれば、俺とお前は繋がってるんだよ」    





空を見て、名前を呼ぶ。その行為に込められた意味。 



「…あなたと、……つながってる」    


最期に見たのは、僕? 


訊ねても答えは返ってこない。一生、返ってこない。けれど、彼が
いない世界でも空を見ればあなたと繋がっている気がした。葬儀が
終わり、皆ちりぢりに彼を後にした。昼間だった空も、夕闇に溶け
ている。 


泣きはらした目には、ちょうど良いと思った。
















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