雲井はるかに鳴く18









その日の丸山遊郭は大きな賑わいを見せていた。港から遊郭街まで
続く道に大勢の人が並び、雲居屋から出てくる人物を待つ。
禿(かむろ)が先頭を歩き、ゆるゆると後続を引き連れた。新造が
4人、そして煌びやかな着物を纏ってその人物は現れた。


「姐さん綺麗ねぇ」
「もう花魁だもの」
「本当、羨ましいわ」
「海の向こうが身請け先なんでしょう?」
「正妻として迎えられるらしいわよ」
「いいわね〜」


仕事前の遊女たちがそれを見て各々呟く。漏れるのは溜息ばかりだ。
羨ましい気持ちももちろんだが、花魁の美しさに男女問わず感嘆し
た。

雲居屋のひばりが身請けされる。この情報は瞬く間に遊郭街を駆け
巡った。通常の身請けよりも派手なこの計らいは店主の恭弥の手に
よるものらしい。そんな噂も一緒に流れた。

太鼓や笛の音、全てがひばりを祝福する。花魁道中は港で止まった。
大きな船が止まり、ひばりを迎え入れる体制を整えていた。ひばり
が身請けされるのは。遠く離れた地、イタリア。それを見送る為に、
見世の者も駆け付けた。


「綺麗にしてもらったね。こうして見送るのは寂しいよ」
『いいえ、とんでもないです』
「船旅、気をつけて」


そこにはもちろん、店主の恭弥も見送りに来ていた。彼の言葉にひ
ばりは笑う。そして、手を取り、そこに文字を書いた。彼だけに伝
わるようにゆっくりと、その言葉を記す。


『これは貸しにしておきます』
「…分かってる。しばらく取引は隣国を優先させるよ」


紅を引いた唇がにっこりと笑みを浮かべた。恭弥はそれに苦笑で応
じる。隣国とは中国だ。今目の前で、ひばりと言われる花魁は古い
馴染みのフォンという男。この日の為に、わざわざ隣国から呼び寄
せた。

顔立ちが似ていることを疎ましく思うことはあっても、良かったと
思う日が来るとは。巡りあわせとは奇異なものだ。これからの外交
に思案を巡らせていると、船から降りてきた男が恭弥に挨拶をする。


「彼女のことを宜しくね」
「はい、ありがとうございます」
「ああ、それとお祝いの品は船に先に積んであるから」
「…はい、本当にありがとうございました」


フゥ太は目尻に涙を浮かべ、深々と頭を下げた。船には高値で売れ
る物資が積まれている。傍目には正妻を迎えることが出来て泣いて
いる婿だ。おそらく明日には尾ひれがついて、より一層の美談とし
て広まるだろう。

実のところは何もかもが違う。ひばりは替え玉であるし、フゥ太は
婿ではない。お祝いの積み荷は、名義を雲居屋にしただけの幕府か
らの贈り物。その届け先もイタリアの領主宛だ。財政立て直しの為
の援助物資。誰がその真実に気づくことが出来ようか。

うまく出来た話だ、と恭弥は笑う。その脇に不満顔のディーノが並
んだ。潮風に髪がなびくが構わずにその場に留まった。


「…なあ、恭弥」
「なに?」
「これって取引違反じゃねーの?結局お前はここに残るし」


ディーノの差し出した条件。それが通れば恭弥はディーノに嫁ぐこ
とになっただろう。自分の家の力を最大限に使い、領主の援助をす
る。丸山遊郭を薬の流れ場にしないために動くと公言した。


「僕の為に国を動かすなんて大口叩いたのはどこの誰だったかな」
「う、それは…」


しかし実のところ、キャバッローネだけの財力で賄うことは出来な
く、日本の幕府の協力を仰ぐ形になった。有益な貿易関係を築く為
に、と念を押し助力した。結果的には取引内容の遜色ないが、それ
までの過程に大きな違いがある。


「相応の内容だと思うけれど、不満なら今すぐにあの船に乗せてあ
 げるよ」
「わー、悪かったよ!俺には十分だ」
「そう」


恭弥はディーノについてイタリアに行くことをしなかった。代わり
に傍に置くことを許した。その為にはひばりの存在は扱い辛く、身
請けの話に乗じて丸山遊郭を後にして貰ったのだ。商家の嫡子とい
うだけあって、商いの才能は飛びぬけている。投資した分働いても
らうよ、と恭弥はディーノに告げていた。

船が出港する。見ている間に、船小さくなり海の彼方に消えた。祭
りの後ののような寂しさを残し、見物客も散り散りに帰って行く。
丸山遊郭に西日が差していた。一刻もすれば、夜の時間が始まる。

空の色が変わりつつあった。その中で一匹の鳥が高らかに鳴いた。
雲井はるかに鳴くひばりが、季節はずれの鳴き声を遊郭に響かせる。
恭弥はそれを聞きながら、春の訪れを感じていた。










終



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後書き
ここまで読んで頂いた方、本当にありがとうございました。
最初は単純に雲雀さんに着物を着せたかっただけだったんですが。
あれよあれよという間に広がりました。
また、番外小咄としてその後の様子や、山本とツナの出会いなど
書いていければと考えています。
宜しければ、そちらもお付き合い下さいませ。

調べて分かったことなのですが。
今回舞台に選んだ九州。熊本の県鳥は雲雀なんですね。
ちょっと運命を感じました(え

史実に沿ったこともあれば、完全創作だったりと、混乱させる
内容になったかもしれません。
少しでも楽しんで頂けていれば幸いです。
ありがとうございました。


09.11.29 なづき











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