「おー、こりゃまた綺麗な娘だな」
「…」
「怖かっただろ。もう大丈夫だ」
「っ…」


イタリアから来たイタリア人は歓迎された。日本に住むイタリア人も
歓迎された。受け入れられなかったのは、この地で生まれたイタリア
人だけ。

父はイタリアに帰って行った。
母は私たちを捨てて行った。
弟は私の後ろで泣いていた。

私たちに声をかけたのは、胡散臭い男だった。だけれど、不思議と怖
くはなかったのだ。








                               い情








その男はシャマルと名乗った。丸山遊郭で金波楼という名の廓を取り
仕切る男。伸ばしてくれた手は、誰にでも伸ばすものらしい。自分の
ような「はぐれ者」に、やたらと声をかけていた。


「名前はなんて言うの、」
「…ビアンキ」
「そう。じゃあ、今日から朱里だ」
「え、」
「綺麗なこの髪にぴったりだろ」
「…」


短く爪を切りそろえてある指は、何一つ傷つけない。結うほどの長さ
のない髪を、ゆっくり梳いた。温かい感覚に思わず、それを手で払う。
さして気にした様子もなく、シャマルはビアンキの頭を撫で笑った。






数ヶ月後。朱色の着物を貰った。金糸で鳳凰の柄がしつらえてある。
結うにはまだ短いが、飾りでごまかせる。髪色と、一風変わった髪型
は遊郭の中でも目を引いた。


「姉貴、」
「どうしたの、隼人」
「…その、どうしても、やるのか」


珍しく、弟が部屋に入って来る。下を向いて、言いにくそうに言葉を
紡ぐ。開いていた拳を握りしめ、何かに耐えるようにこちらを向いた。


「今更よ。あなただって、あの人の傍で働くでしょ」
「俺はいいんだよ!用心棒だってなんだって!」


声を上げた隼人はまっすぐに私を見た。悪態をついても、悪ぶって見
せても、目は純粋だ。この姉を想ってくれることが嬉しくて、少し表
情が緩んだ。


「…同じよ。助けてくれたあの人の為に働く」
「…っ」


その表情のまま、言葉を続けると隼人は障子を乱暴に開け、部屋を出
て行った。遠くで、階段を降りる音が聞こえる。感情がまだ制御出来
ない子供だ。口元でくすりと笑う。開いたままの障子を閉めようと動
くと、足もとの畳の上に転がるものを見つけた。


「…かんざし」


今着ている、朱色の着物にも良く映えそうな紅緋色の珠のついたかん
ざしだった。おそらく隼人の落していったものだろう。そう思うと、
込み上げるものがあった。しかし、涙は流さない。これから逢うであ
ろう客に、泣き顔は見せられないのだ。

手に取ったばかりのかんざしを結った髪に差す。幾分か、背筋が伸び
た気持だった。







恩を返す為に、金波楼の遊女となった。働くのはそれだけの為ではな
い。その裏にある情を知ったら隼人はどうするだろう。理解し、納得
してくれるようになるには、きっと相手が必要だ。分かりあえる日を
待つのも一興。


「金波楼の朱里でございます」


情の為に、私は微笑んだ。












*あとがき*
ビアンキはきっと良い稼ぎ遊女になってくれます。
美人、美人。
リボーンの小説を読んで、この二人の組み合わせが好きになりました。









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