「…ありがとです。なんか自信出て来ました」







                                                            それはあなたがすきだから







  

彼女はそうやって笑う。涙をこらえて、堪えきれなくなった雫が、
睫の先から落ちた。彼女が動くと、彼女に似合わない香水の匂いが
する。 

先刻淹れてくれたダージリンの香りを消してしまう。淹れたての香
りを思い出しながら、彼女の話に耳を傾けた。幼い頃に見たそれよ
りも長い髪。後ろで束ねることが多かったが、最近は下ろしている
ところ以外は見ない。  


「っ…ランボちゃん…?」  


黒い髪に触れる。手を伸ばしても届かなかった幼い頃。きっと手が
届けばすべてに届くと思っていた。なんて幻想だ。  


「…髪、伸びましたね」 


ハルが誰かのものになった時、潔く身を引くのが美徳だと思った。
おめでとうございます、と言葉が口を滑る。その間、気になるのは
黒髪の人ばかりだった。彼女らを撫で、腕の中に収め、目の前の女
性を思い浮かべた。 

髪束を持った指先でハルの顔の輪郭をなぞる。先ほど零れた涙は乾
きかけている。けれど、さもそこが濡れているように拭う素振りを
した。  


「あ、ありがとです」  


彼女の目に映るのが何故自分ではないのだろう。何度も繰り返すそ
の問いは無意味だ。ただ願わずにはいられない。   


彼ではなく僕を、見て下さい。  


余りにも子供じみている。それこそ子供の頃から変わっていない。
自分に興味を持って貰おうと懸命に騒いだ。イーピンを巻き込んで、
あなたに叱られるのが好きだった。その時は確実にあなたの目に映
れたのに。 

彼と彼女が喧嘩をすると、決まってハルは笑う。うまく笑えずに顔
がひきつっても笑うのだ。笑っていないと心がダメになる。弱いで
すね、と笑う彼女はきっと誰よりも強い。    


「大丈夫です。きっとうまく行きます」    


あなたに与えられる自信。
それは僕があなたを好きだから。    


彼女を見送った後、すっかり冷めた紅茶を飲んだ。涙が流れたのは
ほぼ同時だった。貴方の目に映らなくても、僕は貴方の隣で笑って
いられる存在でいたい。涙を乱暴に拭って、紅茶を入れ直そうと席
を立った。次は温かいうちに飲もう。なかなか温まらない体を抱き
しめながら、ランボは静かに思った。 



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「…悪ぃな」


ぶっきらぼうに彼は呟いた。視線を合わせることはしない。正面を
きって言うような言葉ではない。彼はそういった言葉が嫌いだ。だ
けど僕はそれも許す。隼人は座りなれたソファに腰を下ろした。浅
いところに腰掛けていたが、深く座りなおす。

ハルと喧嘩をした後、彼は必ずランボのもとへやってきた。何を話
すわけでもなく、ただ何となく来たのだとわけを話す。


「大丈夫ですよ。あなたらしくないんじゃないんですか」


話の端々で、今回何があったのかを推察する。話しにつまる度、出
されたコーヒーに口をつけていた。彼がこうしてランボの家を訪れ
るのは少なくない。すっかり彼専用のカップが出来てしまった。一
度だけ出したそのカップを一言褒められたのがきっかけだった。そ
れ以来彼のものにしようと勝手に決めた。

あなたの傍にいられる時ほど、あなたは遠い

テーブルを挟んだこの距離がもどかしかった。無遠慮に近づくこと
の出来ていた子供の頃とは何もかもが違う。でも自分は選んでしま
ったのだ。彼らにとって特別な一人になれないのなら、いつでも隣
にいることを許して貰える存在になることを。


「…サンキュ」
「 、」


言葉につまった。叫びたくてどうしようもなかった。あなたが好き
です。好きなんです。笑顔を見せられる度に、体中が叫んでいた。
だけれど僕は選んでいるのだから。その気持ちを伝えることはしな
い。…出来ないのだ。


「…もう一杯いかがですか」


ばれないようにゆっくりと顔をそむける。今上を向いたら泣き顔を
見られてしまう。声は幸いにも震えなかった。相手の答えを聞かず
にランボは台所へ向かった。

手先がうまく動かなかった。脱力しきっているのか、力が過分に入
っているのかは分からないが、彼の為に入れるコーヒーをうまく作
ることが出来ない。視界がぼやけ、自分が泣いているということに
気がつく。慌てて下をむくと、ぼたぼたと足もとのフローリングに
涙が数滴落ちた。

ハルが見せたものとは似ても似つかない。
こんなにも濁ってしまった自分が彼女の傍にいられるはずがない。


「早く仲直りして下さいね」


コーヒーを出しながら、笑みを浮かべてそう言った。限りなく嘘に
近い本心。早くベッドに向かって寝てしまいたい。そして、幼いあ
の頃に戻って、楽しい夢を見たい。

ランボは切実に願った。
















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ランボさんは叶わない恋が似合います。
片思いが似合います。
ランボにとって、ハルと獄寺にどこかに母性とか父性を感じてると素敵です。
人を想うことに敏感で、誰よりも優しい子だと信じてます。














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