「ねぇ、」


特にすることもなく、インスタントのコーヒーに口をつけようとし
た時だった。保健室にふいに響いた声にシャマルは身構える。


「なんだ、お前か」


振り返ると遠慮なくずかずかと室内に入る恭弥の姿。シャマルは言
葉とは裏腹に警戒は解かず、相手の様子を見守る。


「あなた先生なんでしょ。コレ、どーにかしてよ」


恭弥はシャマルの前まで来ると、くるりと反転し背中を見せた。左
肩で割けた白のカッターシャツが鮮血で赤く染まっている。傷は真
新しいもので、見ている間にも血が滲み出ていた。








                                                            傷の誘惑








「おま、何だコレ」
「血が足りなくなると面倒だからね。背中って止血しにくいし」
「いやいや、答えになってねーし、俺は男は看ねーの!」


言葉を交わしている間に、恭弥はシャツを脱ぐ。改めて見える傷は
深くはないが広い。確かに、自分1人で止血するのは難しそうだっ
た。


「早くしないとかみ殺す」
「ちっとは人の話を聞けよ」


肩越しに振り返る恭弥の瞳は真っ直ぐに獲物を見据える。その視線
があまりにも混じりけのないものだったので、シャマルは焦った。
しかし、それを素直に表に出す程、幼くない。


「…じゃ、いい」
「は?」

恭弥の諦めの早さはシャマルの予想の上を行く。小さく嘆息した肩
は血を流しつつも部屋の出口へと向かった。先ほどよりも肩の上下
が大きい。息が上がっているようだった。肩から首筋にかけて、血
の気が引いているせいか驚く程白い。

肩の傷から溢れた血が背中ではなく、腕に流れる。力なく下げられ
てる手に一筋の赤い線を作った。その線の終着点は左手の指先。先
端の中指まで伝い、赤い雫を作りぽたりと床へ落ちた。それを恭弥
は目視し、おもむろに指先を舐める。端整な作りの唇から覗く舌に、
赤い液体が広がった。


「先生も舐めたいの?」


僅かなからかいを含んだ言葉に、シャマルは数秒間見惚れていたの
に気づく。ごくり、と鳴った自分の喉で我に返った。


「バカ言うな。来い、止血ぐらいならしてやるよ」


それを悟らせないようにと意識したのがいけなかったのか、少し早
口になる。表情を読み取られないように、と包帯を探すふりをして
逸らした。




「痛かったら言えよ」
「優しい先生って気持ち悪いね」
「…じゃあ、気にしなくていいんだな」


丸イスに座らせ、最後の仕上げに巻いていた包帯にシャマルは力を
こめる。止血しているガーゼが緩まない程度のはずが、傷口そのも
のを圧迫し、刺激を与えた。


「っ!…ひどいね、先生」


背中を向けていた恭弥は突然の痛みに眉を寄せ、首を後ろを捻った。
真後ろにいる白衣の男に声をかける。


「その顔、エロすぎ」


痛みを堪えた表情に不覚にもシャマルは動揺していた。軽口を叩い
たつもりだったが、軽い響きにはならない。


「そうさせてるのは先生じゃないの?」
「お前、狙ってないなら天才だな」


この組み合わせは極上の誘い文句だ。目の当たりにしている表情と
台詞にシャマルは嘆息した。


「ホレ、もー大丈夫だろ」
「ん、これでまたかみ殺せるよ」


少し肩をまわし、包帯と傷の具合を確かめ恭弥は呟く。


「あんま傷つけんなよ」
「…ボクの勝手でしょ」
「どーせ触るんなら綺麗なほうがいいだろ?」
「知らないよ、そんなの」
「…」


女相手ではない。正攻法も通じない。シャマルは口の端を上げな
がら恭弥を見据えた。汚れたシャツを小脇に抱えて、半ば睨み付
ける様にシャマルに視線を返した。


「また面倒になったらよろしくね」
「見返りもねーのに、男を看るかよ」
「…」


シャマルの帰しに珍しく恭弥は口を噤む。少しの間考えた後、左
手の指先を自らの唇の上に乗せる。


「じゃあ、今度は舐めさせてあげるよ」


先ほどの血を舐める動きをその舌先で再現する。今度はゆっくり
と、視線はシャマルに向けて。くすりと笑うと、保健室から出て
行った。


「…あのエロガキ…」


出て行くのを確認し、シャマルは呟く。どさり、と座り慣れた椅
子の上に腰を下ろし、どっと疲れが出るのを感じた。机の上に置
いたままだったコーヒーに手を伸ばす。


「…マズ」


すっかり冷えたコーヒーを、シャマルは無理やり喉に流し込んだ。












*あとがき*
大人を翻弄する女王様。
そんな雲雀さんイメージです。
女慣れた人がメロメロに落ちればいい。
雲雀さんはシャマルのことって先生って呼ぶんですかね。
でも、先生って響きは最高にエロいので採用しました。
この二人はエロエロでいいと思います。









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