シャマルは思った。
何故自分が試される側に立たねばならないのか。


手練手管で相手を思い通りにするなど造作もないことのはずだった。
それが戦闘であれ、恋愛であれ変わらない。常に一定の距離を保ち、
自分が優位に立てる場所を確立する。そのスタンスが年下の、しか
も男に狂わせられるとは思わなかった。 









                                                            挑発








「どうしたの、」
「そりゃ俺の台詞だろ」 


今起きたばかりです、というような顔をして振り返る黒髪の少年に、
シャマルはため息混じりに言葉を返す。今朝変えたばかりのシーツ
の上で、恭弥は目を擦った。上着は綺麗に畳まれ、脇にあった椅子
にかけてある。おそらく副委員長の草壁だろう。群れることを嫌う
彼に気を使った精一杯の譲歩だ。恐らく、度々保健室に来ることを
良くは思っていない。止めたいのは山々だろうが、恭弥がそれを許
すはずがないのだ。未だに何も言わず、今頃は近くでこちらを窺っ
ている。 


「毎回毎回なんなんだお前は」
「風紀が乱れないように監視してるんだよ」
「俺がいつ風紀を乱したのよ」
「乱さなかった時なんてあったっけ?」
「俺の場合は乱してないのよ。むしろ保ってるの。わからねぇかなぁ」
「噛み殺していいの?」
「なんでそーなんだよ…」 


すっかり定位置のベッドの上で、恭弥はトンファを構えた。しかし、
眠気が勝っているのか、瞼がいつもよりも下に落ちている。噛み合
わない会話も次第に慣れてきた。シャマルは再び嘆息し、机に腰を
降ろす。その状態で相手を見据えた。 


「寝るけど邪魔しないでね」
「お前には応接室があんだろ」
「…ベッドはないじゃない。…それに…」
「…」
「…」 


続きを聞く気で前のめりになっていた体を静かに戻す。すでに寝息
をたて始めている恭弥を見ながら、何度目かわからないため息をつ
いた。空調の風で柔らかそうな髪が少しだけ動く。揺れては止まり、
その繰り返される動きをしばし目で追っていた。  


(睫毛、長…)  


伏せられている瞳は長い睫毛に縁取られ、閉じてもなお存在を主張
している。薄く開いた唇は、今まで見てきたどんな女性よりも整っ
ていた。

好奇心だ。
シャマルは自分に言い聞かせた。

頭よりも体の方が何をしたいのかよく知っている。何かしらの理由
を考えている間にベッドの横まで来ていた。近くで見る寝顔は思っ
たよりも可愛らしい。この顔からボンゴレ守護者最強と言われるよ
うな連撃が繰り出されるとは到底想像出来ない。初対面の自分に容
赦なく向けられたトンファを思い出し、シャマルは顎をさすった。 

恭弥の髪が揺れる。誘われるように、そこに顔を近づけた。触れる
か触れないかのキスを恭弥の頬に落とす。静かに離れようとした時、
恭弥の腕が素早く動いた。  


「っ!」


再びトンファの餌食になるのかと身構えたが、意図するところは違
い、獲物を持っていない恭弥が手にしていたのはシャマルのネクタ
イだった。ぐっと引っ張られ、若干体勢を崩しながら腕をはり、踏
ん張る。右手は恭弥の頭の上だ。覆いかぶさる状態で視線が合った。


「…するならちゃんとしなよ」
「は、」 


開かれた瞳から目をそらせないまま、ネクタイを再び引っ張られる。
ほら、と促される距離の近さにシャマルは年甲斐もなく胸を高鳴ら
せた。間近で見る顔はきめ細かい肌に被われ、そこらの女子よりも
上等だということが知れる。 


「ホントにエロいな、お前」


挑発的な視線を受けたまま、シャマルは唇にキスを落とした。唇特
有の柔らかさを確認しながら、下唇を啄む。数度の接触の後、恭弥
が眉を寄せて呟いた。 


「煙草臭い、」
「我慢しろよ」 


不満を述べた顔は思いの外幼い。わがままな子供のようだ。口の端
を片方だけ上げ、シャマルは笑った。もう少し、困った顔が見たい。
好奇心は欲望へと変わり始める。再び唇を寄せ、舌で歯列を割った。 


「…っ」 


薄く開けた瞼から、相手の顔を盗み見る。舌を絡ませ、呼吸を乱し
て変化を伺った。やめるつもりが無いのか、それとも負けず嫌いな
だけなのか、恭弥は自分から止めようとはしない。シャマルは唇を
重ねながらどこまで進むか線引きをしようと考えていた時だった。 


「…っぁ、」


呼吸しにくくなったのか、唇が離れた瞬間に恭弥が声を漏らす。同
時に、ネクタイを握ったままだった手がシャマルの肩を掴んだ。次
の瞬間には、恭弥からシャマルは離れていた。掠れた声が耳に残る。
不思議そうにこちらを見つめる少年の目をまともに見られない。余
裕があったはずだった。時間はかかれど、手なずける自信もあった。
しかし、今の瞬間にそれらは過去のものとなった。  


「先生、」
「…なんだ、」
「大変そうだね」
「半分はお前のせいだろーが」 


男特有の変化を指して、恭弥は楽しそうに笑う。口についた唾液を
拭い、ベッドの傍らにあった上着を手にした。ゆっくりとシャマル
の前を通り過ぎ、保健室の入口まで歩くと振り返る。  


「そのベッド、あなたの煙草の匂いがするから」
「は、」
「僕と以外で風紀乱さないでね」
「…」


ぴしゃりと閉まった扉を見つめ、シャマルは恭弥の言葉を反芻した。
とんだ独占欲だと苦笑する。そして、最初の言葉が寝入る前の言葉
の続きなのだと理解した。  


「…たいした殺し文句だこと」 


シャマルは煙草を一本取り出し一服することにした。












*あとがき*
お互いに学校に個人スペースがあるのは魅力ですね。
大人のかけひきでいちゃいちゃしていて欲しいです。
で、たまに直球でやりとりして照れればいいですよ。










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