「ねぇ、先生」
「んん?」
「この間の続きをしようか」


驚いた拍子に、煙草の煙を深く吸いすぎシャマルはむせた。げほげ
ほと喉を鳴らす様子を恭弥は微動だにせず眺めている。ようやく落
ち着き、涙目になりながらも自分を落ち着かせる為に、もう一度吸
い直した。








                              罠







「動揺しすぎでしょ」
「お前が突拍子もないこと言うからだろ」
「そうかな」
「そうだろ」


今日のご飯は何にしよう、くらいの気軽さで出た言葉の内容にシャ
マルは驚かずにはいられない。保健室によく来るようになった少年
は、先ほど淹れてもらったコーヒーを大人しく飲んでいる。『この
間』という単語から連想される出来事にシャマルは嘆息した。


「…続きったって、お前はいいのか」
「構わないから提案しているんだけど」
「なんでだ」
「何が?」


キスの先を望んでいる理由が知りたい。シャマルの至極当然の疑問
に、恭弥はそれこそ分からない、というように疑問符を重ねる。保
健室の空調が低い動作音を室内に響かせる。座りなれた丸椅子に座
りなおし、シャマルは相手を見据えた。


「…オレが好きなのか?」


予想される数少ない理由として、遠慮がちに挙げてみる。ちらりと
見やるが相手は表情は変えない。一呼吸置いたあと、馬鹿な質問を
した、とシャマルは言いなおそうとした。しかし、すでに遅かった。


「先生って案外、乙女なんだね」
「…いや、もう、いいわ」


降参だ、と言わんばかりに両手を挙げ、シャマルは嘆息する。目の
前の一回り小さな青年にいいように遊ばれている。なかなかない経
験に後は笑うしかない。その笑みを面白く思わなかったのか、恭弥
は眉を寄せる。飲んでいたコーヒーのカップを置き、シャマルに近
づいた。


「続き。するの、しないの、」
「そんなにしたいのか」
「だって、」


言葉を繋ぎながら、更に一歩近づく。手を伸ばし、シャマルのネク
タイを掴んだ。くたびれた布をたるませながら、恭弥はそれを口元
まで持って来る。


「途中でやめたのはあなたでしょ」


言って、くすりと笑う。細められた瞳は紫紺に揺れた。戦闘中に見
るような好戦的な目。この視線に射すくめられたのは自分だけでは
ないはずだ、とシャマルは言い聞かせる。そうでもしないと、胸の
動悸は抑えられない。


「あの後、どうしたかったのか気になって」
「好奇心?」
「興味を持つことはいいことだと思うけど」
「理系の勉強みたく言うなよ」


窓の外を見ると、暗くなり始めている。夕焼けと夕闇の色が折り重
なり、なんとも言えない色だ。先ほど見た、恭弥の瞳の色に近いこ
とを思い出し、思わずカーテンを閉めた。


「じゃ、あっち」
「座るの?」
「ご自由に」


保健室のベッドに行くように促し、シャマルも後に続いた。カーテ
ンを閉めた室内は程よく薄暗い。下校後の学校は静かだ。遠くで学
生の声が響くが、自分の足音の方が耳につく。シャマルはネクタイ
を外して足を進めた。

改めて対峙する恭弥は幼い。体も一回り違えば、年齢も離れている。
当然だ、と思いつつ色事に関しても幼いのでは、と頭をよぎった。


「続き、ね」
「なに?」
「いや」


どこまでを予測できているのか、想像できているのが疑問だ。それ
以前に、この雲雀恭弥という人物を理解出来ていない。それでも、
自分の思う通りに事が運ばないと機嫌を損ねることは承知していた
ので、シャマルは躊躇していた手を早めた。


「先生の手、冷たいね」


シャツのボタンを器用に外し、滑り込んできた手に恭弥は感想を述
べた。冷たさを耐えるように少しだけ眉に力が入る。座っている恭
弥を半ば押し倒すように、シャマルは手に力を込める。


「…お前の体は温いな」
「ぬるいって何、」
「んー、あったかい手前」


意味が分からない、と曲げられた口を塞いでやりながらシャマルは
笑った。滑り込ませた手を背中に回し、器用にシャツを脱がせて行
く。その間も相手の表情を伺うことを、シャマルは怠らなかった。
何に反応を示すのか。その一点に集中する。


「そんなに俺の顔が好き?」
「なにそれ」
「さっきから凝視してるから」
「睫毛、短いね」
「お前に比べれば大抵短いよ」


頬を滑らせるように手をのせると、その親指で恭弥の睫毛をなぞっ
た。触れられた目を瞑りながら、恭弥は相手を見ることをやめない。
シャマルの顔のパーツを一つ一つ確かめるように視線が動く。それ
に少し、居心地の悪さを感じながらも、シャマルはゆっくりと相手
の体に覆いかぶさった。


「先生は、髪が黒いんだね」


珍しく恭弥から伸ばした手は、シャマルの髪をとく。感触を確かめ
るように、その動きは驚くほど丁寧だ。それを受け入れていたシャ
マルだったが、一つの考えに辿り着くと、表情が止まる。言葉の裏
に別の意味を見つけてしまった。


「同じイタリア人でも違うって?」


言いながら、どうしようもない凶暴な衝動に駆られる。胸がちりち
りと焦げるような痛みを覚える。嫉妬か、と胸中で自問しながら恭
弥を見やった。少し驚いたように目を開いている。髪をといていた
手の動きも止まった。言葉はなくとも、肯定しているのと同じだ。


「せんせ…っ」


口を塞ぎながら、ベッドに横たわっている恭弥の体をまたぐ。髪に
触れていた手をもう片方の手とクロスさせて頭の上で掴み、身動き
の取れない状態にした。咥内を舌で犯しながら、唾液を押し込む。
苦しそうに息を継ぐ恭弥に構わず、空いた手でズボンのベルトに手
をかけた。かちゃり、と留め具が音をたてる。手から逃れるように、
恭弥は僅かに体をよじった。


「…どーしたいの、お前は」


言葉で聞いてはいるが、それは自分への問いと同じだった。腕の下
で組み敷かれている少年を、自分はどうしたいのか。シャマルは大
きく息をつき、掴んでいた手を離した。零れていた唾液を拭ってや
ると、ベッドから離れる。


「確認したんだよ」
「は?」
「先生が、どれだけ僕を好きか」
「は??」


皺になった箇所を手で払いながら、シャツを整える。さも当然のよ
うに紡がれる言葉に、シャマルは聞き返すしかない。目の前の少年
は、何と言ったのか。反芻しながら、またか、と大きくため息をつ
いた。


「…で。続きは?」
「そろそろ見廻りの時間だから」
「なんの、」
「並盛のに決まってるでしょ」
「あ、そう」
「またね、先生」


シャツを整えると、恭弥は手をひらひらとさせ、保健室を後にした。
またね、と言われた言葉が耳に残る。次に会った時にどうやって苛
めてやろうか。シャマルは大人げない考えに頭を巡らせながら、い
つもの椅子にどかっと腰を下ろした。












*あとがき*
なんて進展しない二人なんだ…!
ゆっくり、ちょっとずつ。
シャマルさんは、性欲でなくて、独占欲で襲って欲しい。
そんな妄想。










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