未発達の体は、中性的なものを感じさせた。触れる肌の吸い付きは、
女性のそれとあまり変わらない。何の因果でこんな関係を持ってい
るのか。疑問に思いつつも、それを改めようとしない自分に少なか
らず驚く。ぼんやりと理由を考えながら、目の前で眠っている少年
の髪をゆっくりと梳いた。









                              立つ鳥、跡を濁す










「僕の髪は長くないよ」


無意識だった。実際に手で触れている長さより、もっと先まで見え
ない何かを触っていた。そう考えると今までにも同じような行動を
していた節がある。それを咎められず、今まで来ていた。改めて言
われるということは、我慢の限界でも来たのだろうか。


「誰の髪を触っているの、」


久しぶりに真っ直ぐ顔を見た気がする。以前より色気が増した。そ
の一端を自分が握っていると思うと少し嬉しい。自分好みに育てる
のは男の醍醐味だ。だが、今はそんなことを考えている場合ではな
さそうだった。目の前の相手を通して誰かを見ている。罪悪感は特
にない。お互い様だからだ。


「酷いね、今くらい僕を見ればいい」
「よく言う、」


遮光カーテンの隙間から、高くなった日が差し込んでいる。動くた
びにベッドがぎし、と音を立てた。昨晩も使っていたのに、気にな
らないものだな、と感心する。買い替えの時期はいつにしようかと
頭の隅で巡らせた。


「お前だって、言われたいんだろ」
「何、」
「Ti amo」
「…分からないよ」
「あっそ」


言い損だったと嘆息する。わざわざ口調までマネたのに。髪を掻き
上げつつ、横目で恭弥を見やる。昨夜脱ぎ捨てたシャツを探して、
ベッドの上のシーツや枕やらをひっくり返している。ベッドから落
ちかけているのを発見し、皺だらけのそれに顔をしかめた。その顔
のまま、こちらに視線をよこす。


「そーゆーのを俺に求めんなよ」


いつかの保健室でのことを思い出した。恭弥が脱いだものを副委員
長が丁寧にたたんでいた気がする。なぜ、ハンガーにかけるくらい
の甲斐性を見せてくれないのか。そう物語っている目から逃れるべ
く、シャマルも自分の着る物を探した。最後のベルトを見つけた辺
りで、甲斐性を見せていたのは意中の相手だと思い当った。キャバ
ッローネのボスになる前から、周りへの気遣いは長けていた。今思
えば、怒られたくない一心だったのかもしれないが。


「…甘やかし過ぎだろ」
「あの人は誰にでも優しいよ」


独り言で終わるはずだった言葉へ返答される。言った本人は並盛中
のネクタイを締めているところだった。視線も表情も、不自然なほ
どいつもと変わらない。だからこそ、相反することを求めているの
だと知れる。


「俺だって優しいだろ」
「僕に優しいわけじゃないでしょ」


自分を通して見ている誰かに優しいのだ、と語る。特に責めている
口調ではない。やはりお互い様なのだ。窓の外から、漏れている光
がカーテンのように二人の間を遮った。光の加減で、表情が読み取
れない。強い光に顔をしかめたのか、それとも別の感情が起因する
ものなのか。この距離では判断出来なかった。


「そろそろ帰るよ」
「送るか?」
「いらない」


上着を手に持って、部屋のドアノブに手をかけると、こちらを振り
返る。床に反射した光が恭弥の髪先を薄く照らしていた。睫毛の影
がいつもとは逆の方向を向いている。瞳は過分に光を取り入れてい
た。グラビアか何かの写真みたいだ、と胸中で呟く。


「あなたが優しいのは自分にだけだ」


薄い喧噪の中で、その言葉だけ妙に部屋に響いた。言い当てられた
のか、急に喉の渇きを覚える。そう言えば、起きてから何も飲んで
いない。口の奥で粘膜が貼りついているところに、無理やり唾液を
流し込む。


「そりゃ、どーも」


幸いなことに、声は掠れなかった。自分に甘いのは自分自身が一番
知っている。変化よりも現状維持を望んでいるのは、自分だ。かと
言って、それを変えるつもりはない。何かを言いかけ開いた口は、
何も発しないまま閉じられ、恭弥はドアの外へと歩いて行った。遠
くで、玄関の扉の閉まる音がする。一人いなくなっただけの部屋は
少しだけ広く感じた。とんだセンチメンタルだ、と自嘲する。言い
かけた言葉。不思議と、何を言おうとしたのか知ってる気がした。














*あとがき*
前提カプ有です。
シャマルの相手は…誰でも良いです(え
隼人くんでもビアンキでも。
あれ、姉弟どんぶりかよっ。…すみません。
この二人は、この距離間が似合うなぁ、と思います。
相思相愛よりは、複雑になっていて欲しい気がします。









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