年齢を重ねる毎に色気を増していく。色っぽいなどと言われて、い
つも誉められている気はしなかったが、悪いことではなさそうだと
思い直した。目の前の男は、確かに色気があった。男の色気だ。無
精ひげも男らしさを演出しているようだった。

だからだろうか。
いつもしてくれるキスをしてみたいと思った。    







                                                            限定想起









居間のソファはいつでも寝れるように、と大きめの作りのものに買
い換えた。これなら一緒に座れるよ、とシャマルは笑って言った。
その時は反射的にトンファを振っていたが、今ではその彼の腕の中
に収まっている。

シャマルが仕事から帰って来たのは月も沈みかけた頃だ。恭弥は待
っていようとソファに座っていたが、睡魔に勝てずに眠っていた。
耳元でただいま、と聞こえて一度目を覚ました気がする。後ろから
抱きすくめられるように座ると、数分もしないうちに後ろから寝息
が聞こえていた。次に目が覚めた時には横に倒れ込んでいた。恭弥
は緩くなった腕から抜け出した。そして、シャマルの顔を眺めてい
た。


(確か、こうしてた)


僅かに煙草の匂いがする。近づかなければ分からないものだ。その
まま距離を詰め、薄く開いた唇を舐める。味よりも、少し乾いた唇
の感触が印象に残った。下唇を自分の唇で挟む。以前にそうされた
ように、ちゅ、と分かり易い音を立てて離してみる。シャマルは起
きない。よほど深く眠っているようだ。起きないつまらなさと、次
は何をしようという楽しみが入り混じる。

今度は頬骨のふくらみに唇を落とす。ゆっくりと弾力を確かめるよ
うに、次は目尻へ。近くで見ると笑い皺があった。最近の笑みが以
前に比べて柔らかいのはこのせいか、と小さく納得する。

目尻、こめかみ、髪の生え際、耳の付け根、動脈をなぞるように首
筋、鎖骨の突起、ソファから投げ出された手首の静脈、人差し指の
先。 


「そこはくわえた方がえろい」
「…あなたはしないでしょ」
「え、俺の真似してたの」 


キスを落とされたシャマルの左手が恭弥のあごを掴む。親指で下唇
をなぞった。その様子だと随分と前から起きていたようだ。騙され
た気がしてならない。恭弥は近くにあった親指を噛んだ。 


「痛!」
「くわえた方が良いんでしょ?」
「や、歯は使うなよ」 


くっきりと関節部分に歯形が残る。指で良かった、とシャマルは胸
を撫で下ろした。体を起こして、ソファの空いたスペースをぽんぽ
んと叩く。恭弥は促されるまま、そこに腰を下ろした。二人分の重
みでソファの中央が深く沈む。


 「…従順だと逆に怖いなー」 


はは、と笑いながら恭弥の頭を撫でる。いつからだったか。柔らか
い笑顔を見るようになったのは。彼を知るようになって、それに近
い表情を見るようにはなっていた。ただ、この数年でその回数は軒
並み伸びていた。いつからだっただろうか、と思い出すようにシャ
マルの顔を見入る。髪の生え際をよく見ると茶色の髪が混ざってい
た。後ろめに上げてある前髪が数本前に下りる。安心しきった表情
を見て思い出す。ボンゴレ絡みの仕事だった。

いつものように単独行動をしていて、思わぬ失態を取ったのだ。数
人の手練に囲まれ、戦闘をし、大怪我を負った。思ったよりも血を
流していたようで、アジトに戻ると同時に意識を失ったのだ。  


「あなたにとって僕は庇護する対象なんだね」  


目を覚まし、最初に見たのが彼の顔だった。普段よりも深く刻まれ
た眉間のシワが緩み、一転して笑みをこぼす。古いフィルムの映像
を見ているようなゆっくりとした時間の中でもそれを見ていたのを
覚えている。特に感情を込めず言った言葉にシャマルは困ったよう
に眉を寄せた。近くなっていた上半身を一度引く。 


「自分のためだよ」
「自分、」
「お前が壊れるのは耐えられそうにない」 


骨ばった手を組んで、視線を逸らした。痩せた指は形の変わらない
指輪を以前より大きく見せる。命がすり抜けて行くのだ、と聞いた
ことがあった。たわいのない会話の中で、あまり語られない昔話。
今、恭弥の記憶に残っているのが不思議なほどに何気ない会話だっ
た。  


「…本当に今日は大人しいなぁ」 


恭弥は離れていた分を近づけ、シャマルの肩にあごを乗せた。お互
いの髪が触れ合って、耳元がざわつく。視線が交わらない抱き合い
方だ。恭弥はそれに少しだけ安心する。視線の先にはリビングにぞ
んざいに置かれていた電子時計があった。浮かび上がっている数字
を見て、今日に限って何故昔のことをよく思い出すのか納得する。 


「あなたの誕生日だからね」  


力の強められた腕の中で、恭弥は静かに呟いた。おめでとう、とは
いわない。きっと今日のことも一年後に思い出すのだ。自分がそう
いった言葉を言った事実があれば思い出さずにいるかもしれない。
素直に祝福する自分は躊躇われた。しかし、来年には。その先には
言っても大丈夫かもしれない。その瞬間までこうして体温を感じる
のも悪くないと、恭弥はゆっくり目を閉じた。 














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