口内炎









「みんな〜、ご飯だよ〜ちゃっちゃと食べて片づけるよ〜」
「ノーマ、お前は片づけないだろう」
「私、食べるの専門だからさ♪」

皆が食卓に集まり、シャーリーとクロエ作の料理が並ぶ。もうすでに
見慣れた光景である。
ウィルはやや隅の方で別途で作られたハリエットコースが用意されて
いた。もちろん、ハリエットは皆の分も用意しているのだが、6割を
ウィルが、3割をグリューネが食べ、残りの1割を皆で分けるのだ。
必然的に消費量が圧倒的に多い人物の食事となる。
今日もウィルの眼鏡が光る。

「ん、これは旨いな」
「そ、そうか?」
「クロエが作ったのか?これ、今度も作ってくれよ」

ああ、分かった、と答えたつもりが、クロエの声が音になっていなかった。
泳ぐ目をどうしようか、早くなる動悸をどうしようか、そちらに考えが
いってしまっている。
それに気づかないまま料理を美味しそうに口に運ぶ兄をシャーリーは
静かに見ていた。

「お兄ちゃん、これ私が作ったの」
「ああ…懐かしいな、初めてシャーリーが作った料理だ」
「どう?上達してる?」
「…ん!旨いよ!」

そのまま静かな反撃を開始したシャーリーは次から次へと自分の料理を
セネルの取り皿に取っていく。二人の女の水面下の攻防など知るよしも
なく、彼のお腹は限界に達しそうである。

「あら、ジェイちゃん、食べないの?」

殺人的ハリエットメニューを平らげたグリューネは、食卓の輪から少し
外れてぽつんとしている少年に声をかけた。いつも彼のすぐ横にいる
モーゼスはというと、ハリエットに捕まったようでそこにはいない。
いつまで経っても空の取り皿が彼の前にあった。

「…少し、食欲がないので」
「駄目よ〜、大きくなれないわよ?」
「…やり残した仕事もあるので、先に失礼します」

軽く会釈をすると、早々にジェイはその場を離れた。結局何も食べずに
食卓を離れるなど、どんなに忙しい彼でもしなかったのだが。一連の
様子を見ていたモーゼスは、様子を見てくる、と一言残しジェイの
後を追った。













「ジェー坊!」

月明かりと、淡い電灯の明かりに照らされた夜道を歩く小柄な背中に、
呼びかける。しかし、反応はない。それどころか、先ほどよりも歩調の
速度を上げている。チリンと鈴がなるが、それも遠い。
まだ歩いているのが幸いで、モーゼスは一気に駆けた。

「待てっちゅーに、」
「待ちませんよ」

手を伸ばせば届くか届かないところで、ジェイの体が宙に舞う。少し
苛ついた声色が、モーゼスの頭上、道の脇の木からする。ようやく
まともに顔を見えるかとも思ったが、枝葉の影で表情が読みとれない。
見えるとすれば、堅く噤んだ口元だけだ。

「何で逃げるんじゃ」
「逃げてなんかいません。仕事があるからついて来ないで欲しいと言っ
てるんです」
「仕事や依頼があっても、家族の食事を途中でほっぽったりせんかった
じゃろ」
「…今日は急用なんです」

少し押し黙ったかと思うと、次の瞬間にはジェイの姿はなかった。彼が
本気を出して逃げたら、追うことも出来ない。モーゼスは、足下にあった
小石を蹴った。何かを隠している。それは間違いないのだ。

「…なしてなんも話さんのじゃ…」

問題は、それを家族だと思っている人たちに言わないこと。また何か
厄介な事に巻き込まれているのではないだろうか。初めて会った時の
彼なら分からないが、今の彼が秘密を作るというのはあまり穏やかでは
ないような気がする。
モーゼスは、ウィルの家にいる皆に何でもなかったように告げると、
とぼとぼと野営地に帰った。


「おかえりなさい、兄貴!」
「…チャバ…」
「?元気ないっすね。どうかしたんですか?」
「…ワイはそがあに頼りないんかのう」
「??」

稀に見る消沈ぶりに、チャバは首を傾げるばかりだ。自分の寝床に
入っていく頭を見送る。反対に、別のテントから仲間の一人が駆けて
来た。手には布袋を持っている。どうやらテントの奥から出してきた
ようだ。

「チャバ、この薬で良かったか?」
「ああ、ありがとう」
「お前がどっかケガしたのか?」
「いや、さっきジェイさんに頼まれて、」

チャバは次の瞬間赤い獣を見た。
否、それはモーゼスだった。

「チャバぁぁ!!!どういうこどじゃあああ!!」













灯台近くの岩壁の傍ら。草木に隠れてジェイは身を潜めていた。
すぐ側から虫の音がする。耳をそばだてていると、ゆっくりと歩く
足音がした。待っていた人物だと思い、すっくと曲げていた足を伸ばす。

「すみません、チャバさ…」
「…どーゆー事か説明してもらおうかのう」
「っ…」

緑の髪ではなく、赤い髪。その人物は珍しく怒っていた。驚きは体を
一瞬硬直させ、反応を鈍らせた。モーゼスの伸ばした手は、簡単にその
白く細い腕を掴む。ここまでしっかりと握られていては容易に逃げ出す
事は出来ない。

「…これは痛み止めの薬じゃ。ジェー坊、怪我しとるんか」
「…」
「チャバには言えて、ワイには言えんのか」
「…そういう訳じゃ…」

紫苑の瞳が揺れる。それを縁取る黒い睫が伏せた。モーゼスは更に
苛ついた。どうして、どうして。自分は彼にとってそれほど重要な
人物ではないのだろうか。
自分ばかりが彼のことしか考えていないのだろうか。
無性に狂暴な気分に覆われ、ジェイの手首を左右で押さえつけた。
背後には壁がある。彼に逃げ場はない。

「言わんと襲っちゃるぞ」
「…言えば離してくれますか?」
「…ちょお、遅いな」

諦めたようで、話し始めようとしたジェイを見てほっとした途端、別の
意味で火がついた。
モーゼスはそのまま薄ピンクの唇に口づける。いつになっても慣れない
のか、掴んでいた細腕がびくりと揺れる。いつもならここで蹴りの一つ
でも来る所なのだが、それもない。
調子に乗ったモーゼスは、歯列を割って舌を入れた。

「…痛っ」
「は?」
「痛いって言ったんですよ!」

不意に発せられた言葉に体を後退させたのが悪かったようで、少し屈んだ
ジェイの体は次の瞬間、強烈な蹴りをかました。ちょうど顎にクリーン
ヒットしたようで、モーゼスはその場でへたりこむ。急所を突くのは
ジェイにとって造作もない。
強く握られて少し赤くなっている手首をふりながら、大きく溜息をついた。












『口内炎〜??』

事の顛末を、簡略にジェイは述べた。そして、丁寧に昨夜の晩餐での
出来事も詫びた。

「口内炎ごときで料理を残すのも失礼ですし、別の料理を作って頂く
手間をかけさせるわけにもいかなかったので。…すみませんでした」

彼にとって家族という存在は、まだ皆とはズレがあるようで妙な気遣い
をするようである。それを末っ子だから、と皆は笑んだ。不器用な彼が
だんだんと家族というものを知っていくのだろうと思うと今回のような
行いも許せるようだ。

「でもさ、なんでモーすけがそれに気づけたんだろ〜ね?」
「単純莫迦の野生の勘じゃないですかね」
「何故シャンドルは顎に怪我を負っているんだ?」
「昨日、僕を追いかけているときに派手に転んでいましたから」
『なるほど』

それぞれの疑問に素早く出る答えに、ノーマとクロエは声を揃えて納得
した。モーゼスが口を挟む余地はない。

「本当の事を言いたければ、どうぞご自由に」
「…言わんわい」

ジェイが小さな声で耳打ちする。モーゼスは項垂れるしかなかった。









○前半の団らんは、TOLのキャラを書くに辺り、肩慣らし(え)
あまり話とは関係ないんですが、どうしても書いてみたくって。
…の割に、出ていないキャラが多いですけどね!
初モゼジェイです。祝☆モゼジェイ!!あんたら莫迦ップルだよ!!
何を隠そう、私も口内炎になったんです。しかも人生初。そんなに若く
ないんですけどね〜何でですかね〜。しかも、3つ出来たよ…。
この痛さを文にせずして何にする!と思った突発でした。
口内炎って痛いですね。本当に食事が億劫でした。

口内炎をタイトルにして、出オチにしたのは、慌てふためくモーゼスを
鼻で笑って欲しいからです。てへ☆タイトル読まずに読むと途中まで
シリアスっていうのが不思議ですね!!









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