言葉と体温












キュッポ達とは違う温かさがあるのを教えてくれたのは、小莫迦に
されながらも、こちらを家族だと受け入れてくれた人だった。普通、
人というのはこれほど日常茶飯事に言葉による毒を浴びたら、その
毒を吐いた人間に近づこうとはしないはずである。それが、何故、
おとといも昨日も今日も、そして明日も同じように接するのか。
やはりそれは莫迦が為せる技なのだろうか、とジェイは真剣に考え、
真面目にモーゼスの頭の具合を心配した。

彼に好意を抱いているとジェイが自覚したのは、日常の、ほんの些細
なことだった。言葉で敵わないものの、一歳違いとは思えないその体格
は唯一モーゼスが勝てる所である。その身長差から伸びてくる手は容易
に振り払えるものではない。頭を子供のように撫でられ、はっとして
その手を振り払う。
何も持っていない手。
ジェイは、懐に入ったままの苦無に何故手を伸ばさなかったのかが
気になっていた。自分に攻撃出来る近さに人がいれば、苦無を持ち、
構え、そして攻撃という行動に出るのは反射的に出来るほど訓練された
ことだろいうのに。
それが、体に触れられるまで油断し続け、触れられ、ようやく体が理解
し振り払う。そこに今までの自分はいない。敵にするような行動では
ないのだ。

野営地のテントはとても静かだった。当然だ、日暮れは随分前だった。
今は、夜明けのが近い。この時間が一番暗闇に包まれるのをジェイは
知っていた。そして、その時間が一番心細くなることを自覚していた。

滅多に現れない客に、モーゼスは首を傾げながらも自分のテントの中に
あった、なるべく綺麗なクッションを客人に渡す。ウィルの家にある
ようなきちんとしたものではなかったので、嫌みの一つでも言われる
かと思ったが、ジェイは黙ったままそれを背もたれにしてぽつりぽつり
と話し始めた。

「モーゼスさん、」
「何じゃ」
「…モーゼスさん」
「何じゃっちゅーに」

言葉を巧く紡ぎ出せないのがもどかしい。いつもなら、流れる水の
如く溢れる言葉が、詰まってしまう。仕方がない、思考よりも感情の
方が先走って前に出ようとしているのだから。
なかなか本題を話し始めないジェイを、モーゼスは少し近づいて覗き
込んだ。相変わらず白い肌に、紫苑の瞳。自分とは対照的だ、と密かに
嘆息する。この少し力を入れたら折れそうな体から、どうしてあんな
体術が飛び出るのかいつも不思議でしょうがない。不思議と言えば、
今のジェイも変であった。目を伏せ、モーゼスを見ようとしなかった。

「僕を、好きですよね」
「…は…?」
「…僕を、好きでいてくれますか」
「…」

目を伏せたまま、ジェイは足下を見ながら言った。その声は振り絞った
に近かった。カマをかけようとして失敗したのだ。声が震えている。
その震えた声を自分の耳で聞いて、恥ずかしくなった。臆病だ。
本音で語ることに自分はこんなにも臆病でいる。だからこそ憧れるのだ。
いつも真っ直ぐな彼の言葉に。

赤毛の彼を、小柄な少年は見られないでいた。むしろ、ここから逃げ
出したい思いでいっぱいだ。こんな醜態は見せたくない。いつもの
ような調子でいられないことが酷く歯がゆかった。それでも逃げない
のは、答えを聞きたい為だ。

「ワレはワイを莫迦にするがの、」
「…?」
「ワレも相当の莫迦じゃ」

クカカ、といつもとは少し違う笑い方をして、モーゼスは反論を待たず
に小柄な体を抱き込んだ。普段はぶかぶかとした服で見えない骨格が
布越しに分かる。細く、少し骨張った体だ。それが僅かに震えていた。

「何でいっつも横におるんか、少しは考えんのか?」
「…」
「ジェー坊に怪我させたない、守ってやりたいと思ちょる」
「…」
「ワイは、ジェー坊が好きじゃ」

小刻みに震えていた肩だ、一瞬だけびくりと揺れた。すると、みるみる
うちの力が緩んでいく。手を離せば、倒れてしまうのではないかと思う
程だ。だがそれが、完全に体重をこちらに預けているのだと分かったのは
すぐ後だった。
ふいに、モーゼスの頬に温かい水が触れた。いつのまにか背に回して
いた小さな白い手に力がこもる。

「…今こっちを見たら刺しますよ」
「見とおても、出来んじゃろが。こんなにしがみつかれたらのお」
「……調子に乗れるのも今のうちだけですからね」
「こんだけ可愛いジェー坊が見られたらワイは満足じゃ」

人の体温がこんなにも温かなものだったは知らなかった。ジェイは
胸中で呟き、何も考えない事にした。目を閉じ、口を噤み、しがみつく。
モーゼスに何と言われようと、今はそれを舌戦で負かす事は思わなかった。
そうしているうちに、大きな手が頭を撫でる。まるで小さな子供を
あやすようにするその動作は、酷く眠気を誘うものだった。
うつらうつらとする中で、久しぶりにぐっすりと眠れそうだとジェイは
思った。




「…どうせぇっちゅーんじゃ」

自分の腕の中で寝息を立て始めた少年を起こさないようにモーゼスは
小さく嘆息していた。


















○あ、甘いですかね。告白話を書きたかったんですよ!
でも、本当はこれかなりダークになる予定だったんですが。書いてて
あまりにも幸せな気持ちだったので、そのまま終わってしまいました。
些細な事で意識して、自覚して、そわそわしてる二人が見たい。
うわー、甘いなぁ〜。そして、うちのジェイはへたれです。
基本的にモーゼスのがへたれだと思うんですが、ジェイはツンデレと
言うことで。いいんじゃないでしょうか。











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