世界が黒い。白いあの人はもう遠い。





「強くしなくてはいけないんだ。彼を傷つけても、私が憎まれても」

いつからだろうか。此の夢を見るようになったのは。否、夢なのか。
自分はいつも黒い黒い空間にいる。其れはまるで世界のようだ。
欲望にまみれた人間達しかいない、黒い世界。
其の黒い空間から声がする。

「強くしなくてもいい。彼を傷つけず、憎まれなくていい」

声は次第に人の形を型どり、自分と向き合う形になる。其の声は、
自分の頭に、体に低く響く。体の奥から更に黒い部分が出て来ると
同時に、酷く心地が良い。

「人の子よ、解放されたいか」
「…解放…?」

闇へ誘う其の声。最初はどんな声だっただろうか。最初から自分の
声だっただろうか。此は夢なのだろうか。

「…私は、疲れた…あの子を強くしなければいけないが…」

鈴を見せたときのジェイの表情。あの人に似ている其の顔は常に怯え
て歪んでいる。白い肌には傷が残り、強くなる程に仲間に妬まれる。
全てを隠して育てていく。いつまでいつまで。

いつまで自分を偽るのか。

「私が替わってやろう」

そんな声が聞こえた気がした。











「お師匠様、」
「…何ですか?」
「任務完了しました。…三人の毛髪です」

白昼夢だったのだろうか、とソロンはジェイの声で覚醒した気になった。
酷く、長くあの暗闇の中にいたような気がする。
しかし、目の前に黒の毛髪が差し出され、今どういう状況だったかを
理解した。
以前、ジェイに暴行を加えていた三人は部隊を離反、隊の秘密を守る
為に、彼らに抹殺命令を命じていたのだ。
任務を受けたのはジェイ。あれから半年足らず。三人を相手にしても
引けを取らない強さになっていた。
その分、体に傷は増え、表情は硬くなっていった。

ソロンは毛髪を受け取ると即座に燃やした。どれだけ成長したかを
確認できれば満足だった。

「…其の腕の傷は何だ?」
「任務遂行中に受けた傷です。支障はありません」
「格下相手に傷を受ける道具はいりませんよ」

突然、ソロンの内側をどす黒いものが覆って行く。小さな苛立ちが怒気
に変わり、其れが憎しみに変わり、殺意になる。手が自分の意志とは
別のところで動き、拳でジェイを殴りつけた。
実力は上がっても、成長をあまり見せない体つきは簡単に吹き飛んだ。

「ごめ、なさい…」
「強くなれ、標的から攻撃など受けるな」
「はい、」
「お前は私の教えを受けているのにその程度か」
「ごめんなさい、ごめんなさ…っ」

倒れた体に容赦なく蹴りを入れる。内臓が傷ついたのか、ジェイは血を
吐いていた。其れを見てもやめない。ソロンは自分の体を止める事が
出来なかった。

(何だ、これは…)

体中を黒い霧のようなものが覆っている。
ソロンは其れが何か分からないまま、感覚のない体の中にいた。
只、目の前でジェイが血を流している。こうすれば彼は強くなって行
くのだろうか。

黒い霧は、ソロンの願いを叶えた。
ジェイを傷つけ、ジェイに憎まれるのはソロンではなくなっていた。







数年ぶりに見つけた彼は、かつて自分が敬愛していたあの人にあまり
にも酷似していて。その時には、すでに意識しかなかった。黒い霧は
もうすぐに全てを乗っ取るはずだった。


「みんなで来れば怖くないか?随分と強気じゃないか!」


泣いて、怯えていた表情がなくなっていて驚いた。『家族』という
仲間を連れて、自分の前に現れたその顔は、とても、美しかった。
姫と約束したのは彼を生かす事であったのに。いつの間にか強くする
という事に移行し、こんなにも卑劣な手を使っている。
彼を助けてくれていたモフモフ族を人質に、こちら側に戻るように
強要した。
だが彼は、仲間を信じ、助けを求め、瞳に光を宿し対峙する。

強いとは、強くするとは、こんな方法もあるのか。

ジェイの背後にいる仲間の一人がこちらを睨み付けて叫ぶ。

「ジェー坊をいじめてくれた礼はしっかしさせてもらうけんのう!」

彼らの言葉がどれだけジェイを心強くしているかが手に取るように分か
る。彼の表情が物語っていた。
決意を固め、己の進む道をしっかりと見据えた目。
其の表情には見覚えがあった。

『妾は戦うぞ』

姫が自分に向けて言った言葉を思い出した。
酷く、懐かしい。あの頃は幸せだった、等と思う日が来ようとは。

私は戦わなかったのだ。闇に身を任せたのは、私だ。
闇は私の願いを叶えた。
彼を強くしたかったのではない。
私は、弱い自分を彼に知られたくなかったのだ。








ソロンはジェイの体からほとばしる光に身を包まれた。懐で、あの鈴を
静かに握った。
ジェイを遺跡船に置き去りにした時から持っていた鈴を。

(私らしくない死に場所だ)

最期にソロンが見たのは闇ではなく眩しい程の光だった。



情にほだされたのはいつだっただろうか
其の情に救われるなど、思いも寄らなかった






地面に転がっていた鈴を拾う。どこか懐かしい音色を放つ其の鈴を、
何故ソロンがまだ持っていたのだろうか。
ジェイは手の平で其れを転がし、もう一度音色を聞く。

「…お師匠様…」

ぽつりと呟いた言葉は、誰に伝えられることもなく、その場で消えた。

















○お、終わりです。
ええと、申し訳ない!私は満足!てか、本編とか無視してごめんなさい!
いやー、矛盾点は分かっているんですけれども。
だけど、私はこれが書きたかったんです。ソロンで夢見ちゃだめですか?
もちろん鬼畜も萌えますが(え)
あえてね!だって鈴持っていたんだもの!そこに愛情はないんですか?!
そうですか、妄想バンザーイ!!








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