リヒターと会話をしなくなって数日が経った。数日といっても、正
確な時間は分からない。ただただ、膨大な時間が流れている。それ
でも、彼と交わした言葉の数で、それとなく時間が知れた。今はも
う話さない。ハーフエルフと言えど、この空間で自我を保ち続ける
のは困難だったらしい。


広い空間に一人だけ、というのは実は閉鎖的だ。どこへ行っても、
何をしても、言葉を発しても独り。そんなことは、ここを封印する
時にわかっていたはずだ。

自分もそうだった。愚かな人間、エルフ、天使。全て見ていた自分
は、その膨大な時間の中に身を潜めていた。

あの旅がなければ、こんな考えはしなかったはずだ。それは悲しく
辛いことではなかった。あの陽だまりのような思い出は、いつでも
自分を暖かくする。




そんな時だった。


「ラタトスク、」


懐かしい声がした。








                               Un ami








振り返り、その声の主を確認する。銀髪のハーフエルフ。記憶の中
の彼よりも数段大人びていて、微笑を浮かべていた。


「驚いたな、なぜここにいる?」
「マーテルとユグドラシルに協力してもらったんだ」


外からの干渉は一切ないはずのこの空間に、第三者がいることに驚
いた。そして、それがかつて旅を共にしたジーニアスだということ
に2度驚いた。ユグドラシルとは新しい樹の名前だ。順調に人々の
望む姿に育っているらしい。


「…誰か死んだのか、」
「…」


自分が知っている限り、世界に異変はない。それなのに自分を訪ね
て来るということは、何か理由があるはずだった。この扉の前から
仲間が去って数十年。考えられる答えを口にすると、ジーニアスは
俯き苦笑した。

少し伸びた銀髪がさらさらと流れる。リヒターと同じハーフエルフ
だが、こんなにも違うものなのか、とラタトスクは胸中で呟く。


「今日でちょうど、ゼロスの5周忌なんだ」
「…」
「そう思ったら、急に懐かしくなっちゃって」


無理を頼んだんだ、とジーニアスの声はか細く消える。自分が懐か
しんだ以上に彼にとってかけがえのない仲間。その死はいつか乗り
越えなければいけないものだが、それを看取った人にとってこれほ
ど辛いことはない。


「分かってたことなんだけどね。みんなに置いていかれるのはさ」
「ジーニアス、」
「寂しいなって。そうしたらきみに会いたくなった」


言い終わると、やはり懐かしい笑みを浮かべる。ハーフエルフだと
いうことで、『友達』や『仲間』を非常に大切にしていた。自分を
迫害しない、差別しない人間に、仲間に会えたことがどんなに嬉し
かっただろうか。その仲間が彼を置いて逝ってしまう。声をかけよ
うとしてもうまく言葉を選べなかった。

どれだけの時間を経ても、相応しい言葉はきっと見つからない。



「今は、リフィルさんと一緒にいるのか」
「活動は別々かな。連絡は取っているけど」
「遺跡モードは健在なんだろうな」
「むしろパワーアップしてるよ」


大げさに肩をすくめて見せる。共有した時間の中で何度も見たその
仕草。呆れつつも慕っている、ということが容易に汲み取れる。あ
の頃は良かった、などど人間のように思い出す日が来るとは思わな
かった。


「身長伸びたな、」


2、3メートルの距離を、ラタトスクは縮める。歩いてはいるが、
足音はしない。ジーニアスに合わせて具現化しているようなものだ。
テネブラエと存在はあまり変わらない。手を伸ばせば触れられる距
離まで詰め、ラタトスクは笑う。


「そうだね。ボクたちは青年期が1番長いみたいだから、しばらく
はこのままだと思うけど」
「そうなのか」
「ラタトスクはそのままなんだね」


一緒に旅をした時のまま。内面こそ変わったが、目に見える姿は昔
のままだ。ジーニアスはそれに目を細める。


「ああ。…この姿以外知らなかったからな」
「そっちのが良いよ。いきなり大きくなられても困るしさ」


少し俯いて話したことに気を遣ったのか、ジーニアスが明るい声で
応えた。そして言葉を付け足した。


「ボクが思い出す姿は、このままだもん」


ラタトスクの両手を手にとり、微笑んだ。以前よりも高い目線に少
し驚く。ただ、自分を友達だと言ってくれた時と同じ目をしている
ので、少し胸が熱くなった。


「ねぇ、ラタトスク」
「なんだ?」
「エミルは幸せだったよ」
「!」


ふいの言葉に、繋いでいた手を離す。聞く機会などないと思ってい
た。言わば自分の片割れだ。人間として、エミルとしての人生を全
うする為に外の世界へ出た、分身。きっと真っ直ぐにマルタの元へ
行って、幸せな家庭を築いたに違いない。それはどれも想像で、確
証はなかった。

しかし、今、第三者の口からその事実を知る。彼がいたからこそ、
目の前にいる仲間とも出会え、あの旅が実現した。その彼が幸せだ
ったのなら、どんなに救われるだろう。


「ボクは、ラタトスクの幸せも願ってるよ」
「…」
「だってボクたち友達でしょ?」


エミルもラタトスクも変わりないのだと。変わらずに友達なのだと。
そう言い替えられた言葉に、涙が頬を伝う。瞬きをする度に零れ落
ちる粒は、再び手を繋ぎ直したジーニアスの手に落ちた。泣き方が
分からない。どうやって泣くのを止めたら良いのか分からない。分
からずに立ち尽くしているラタトスクの頭を抱えるように、ジーニ
アスは抱きしめた。


「リヒターがね、教えてくれたんだよ」
「…リヒター…あいつが?」
「マナの流れに乗って、ボクまで届いたんだ。ラタトスクのこと」
「…」
「寂しいって。誰か来てくれって。そう聞こえたよ?」


やっぱり寂しかったんだね、とジーニアスは宥めるように小さく言
った。言われて初めて気が付く。とめどない時間に不安を覚えてい
た。それは、寂しいという感情だった。そんなものは自分にはない
と思っていたが。しばらく『人間』をやっていたら染み付いてしま
ったのかもしれない。



「また会いにくるよ」
「ああ」
「その時は身長、追い抜くからね」
「どうだか」
「そしたらもっとこうしてあげられるからさ」
「…」


言い終わると、ジーニアスは背伸びしていた足を元に戻して、ラタ
トスクから離れる。にっこり笑い、来た道を戻っていった。

またね、と手が振られる。

以前に見た光景と被り、ラタトスクは笑った。そして今度は、自ら
手を振り、友達を見送った。

















*あとがき*
トゥルーエンドを見終えた時、ラタトスクはなんて良い奴なんだろう、
と思いました。
そして、それを分かってあげられるのはジーニアスなんじゃないかな、
と思いました。
なんだかいつも「友達だよ」と言った子はジーニアスの元を離れて行
くような気がしたので。
そんな子を会わせたらこんな感じになりました。

*Un amiはフランス語で「ともだち」。










ブラウザで閉じちゃって下さい
*気まぐれな猫*http://kimagure.sodenoshita.com/*