頼むぞカロル、と言われる度、どうしようもない幸福感で体が一杯
になる。口元は緩むし、手や足の先がふわふわと軽くなる。どのギ
ルトにいた時も、そんな言葉を投げかけられたことなど無かったか
らかもしれない。

初めて親鳥を見た雛のように、懐いただけなのかもしれない。それ
でも、唯一の場所を見つけた気がして、その場所を誰にも譲りたく
なかった。

誰のものでも、自分のものでもないなら良かった。
誰かのもので、自分のものでないのは許せなかった。

こういう感情を初めて知った。






                              独占欲








あと10年、せめて5年分の力や身長が欲しいと思う。カロルはよ
く手に馴染んだ斧の柄を握りしめながら考えを巡らせた。威力のあ
るこの斧に、よく重心を持っていかれる。遠心力を利用しなければ、
強い敵には通用しない。それが分かっているからこそ、この手法を
やめるわけにはいかない。どれだけ敵に早く反応出来ても、初撃を
与えられるのは驚くほど遅い。自分よりも遠くにいたリタが、眼前
にいた敵にファイアボールを当てた時は自分の遅さに泣きそうにな
った。


「サンキュ、」
「なんのなんの」


レイヴンがユーリを気にかけていることは気づいていた。人間観察
は得意だ。誰かの顔色を伺いながら、集団生活をしていた。誰が誰
より上で、誰と敵対していて、誰に好意を持っているのか。自分が
当事者にならない限り、よく分かっているつもりだ。

カロルは担いでいた斧を地面に下ろした。ざく、と思い音を立てて、
刃が地面に刺さる。ユーリの背後にいた敵を、レイヴンが弓で一掃
していた。そして、レイヴンの詠唱を遮らせないようにユーリは戦
っている。仲間と協力して敵を倒すのだから、それくらいの連携は
当たり前だ。だけれど、仲間の距離以上に、二人の距離が近くなっ
ているのをカロルは感じていた。ここ数日で、格段に。それが、ど
うしようもなく許せなかった。


「最近、仲が良いよね」
「へ?」


ダングレストのバーは行きつけの店の一つだ。カロルはいつも座る
カウンター脇のテーブルに座った。周りはお酒を飲む大人で溢れて
いるが、カロルはノンアルコールのドリンクを注文する。ただの会
話の一部になるように、言葉を続けた。問われたユーリは何のこと
かと首を傾げる。


「お酒一緒に飲むと、仲良くなれるのかな」


近くのテーブルからの大きな笑い声で、カロルの言葉はすぐに消え
た。もともと明確に相手に伝えようとしていなかった言葉なので、
特に気にしない。ウエイトレスが持ってきたドリンクを一口、口に
含むと苦い味がした。ユーリが注文したものと取り違えたらしい。
顔をしかめていると、ユーリは笑って取り替えた。


「カロルにはちょっと早ぇかもな」


暖色の灯りがユーリの黒髪を照らす。夕闇の色のようだった。ユー
リの言葉が先刻のお酒のことについてのものだと分かっていても、
悲しくなる。今の自分では、到底敵わないのだと。そうつきつけら
れているようだった。

溶けた氷が色のついた液体の上に分離し始める。グラスの周りには
水滴がいくつもあり、いくつもテーブルへ流れた。コースターなど
置いていない為、茶黒く跡を残す。いつか乾いて消えるだろう。ぼ
んやりと考えながら、自分のグラスがそこにある以上、目の前から
は消えないのだと思いなおす。


「ユーリ、」
「ん、なんだ?」


革の手袋の中で手が汗ばんでいるのが分かった。食事をする時はい
つも外すのだが、飲むだけのつもりで外していない。今更ながら後
悔した。拳をつくり、それを緩めた。すぐ隣に座っているユーリの
目線は高い。上から視線が降ってくる。瞳には気遣いが感じられた。
普段に比べ、あまり喋らないカロルを心配しているのだ。あからさ
まに心配しないのはユーリの優しさだ。


「僕は、」


頭の中で考えはまったくまとまっていない。口が勝手に動く。何か
を話そうとしている。自分のことなのに、カロルは今から自分が何
を話そうとしているのか分からなかった。思考とは裏腹に、声色は
重い。決意を持ったものだった。


「頼って欲しいんだ」


言葉として出たものを自分の耳で聞き、理解した。それが自分の希
望するものなのだと。客観的に捉えていた。ユーリは持っていたグ
ラスを置き、カロルに向き直る。漆黒の瞳にも、ゆらゆらと灯りが
映った。ダングレストから見える、日に照らされた海と同じ色だ。
その瞳が、優しく笑んだ。


「頼りにしてるよ、カロル」


カラン、とユーリのグラスの中で氷の音がする。テーブルの上のグ
ラスの跡が二つになった。喉まで出かかった言葉を飲み込んで、カ
ロルは笑った。


「ありがと、ユーリ」


ユーリが上辺だけの言葉を言っているわけではない。きっと、本心
だ。きちんと、頼ってくれるに違いない。けれど、望んでいた幸福
感は得られなかった。当たり前だ、自分はそれ以上のことを望んで
いる。隣に並びたい。対等でいたい。そう願う度に、自分とは違う
人物が頭をちらつく。自分がいたいと願う場所には、もう他の誰か
が立っている。

置いたままだったグラスを手に取り、カロルは一気に飲み干した。
氷の溶けたそれは少し温く、沈殿した甘味が喉に絡まった。うまく
流れていかないそれは、今の感情に似ている。カロルはユーリのグ
ラスに手を出して、一口飲んだ。慣れない味は相変わらず苦い。そ
れでも流し込んだ。

この味に慣れる時が来るのだろうか。その時には、一緒に酒を酌み
交わせるだろうか。その時には、自分の望む位置にいることが出来
るだろうか。

カロルはやっぱり苦いね、と言いながら、目の縁に溜まっていた雫
を拭った。














*あとがき*
カロルは淡い恋心を抱いて欲しいですね。
それが尊敬なのか何なのか分からないような。
ユーリが初恋で、ナンと幸せに暮らせば良い(え
小さくてもきちんと考えることの出来るカロルが好きです。
余談ですが。
リタのファイアボールの下りは実体験です。
泣きそうになったのは私ですが。

















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