帝都ザーフィアス。快晴に恵まれ、白い建物がより一層輝く。城か
らカロルを先頭に4名と1匹が下町へ向かった。残りの2人と合流
する為だ。
宿屋に泊りきれない人数を、エステルの好意を城に分散させた昨夜。
滅多に出来ないお城での生活を堪能した一行は満足気だ。下町の長
い階段を下り、噴水広場を抜け更に下った所にぼさぼさの髪を束ね
た男が立っている。カロルたちに気がつくと、あまり力の入ってい
ない手を振った。


「おはよー」
「おはよう、少年。たくさん眠れたかい?」
「もー、すごかったよ、お城のベッド!」


レイブンの問いかけに、目をキラキラさせながらカロルは答える。
大人に比べてまだまだ短い腕をいっぱいに広げ、昨夜体験した寝床
の様子を表現した。

「確かにふかふかだったわね。最上級の羽毛でしょ、あれ」
「貴重な体験だったわねぇ」

言葉を足すようにリタとジュディスが感想を述べる。今までも不便
な生活をしていたわけではないが、お城に比べれば何もかも劣って
しまう。続けて晩餐の話や、あれやこれやと動いてくれる人がいる、
という経験をカロルは嬉々として話した。

「レイブンも来れば良かったのに」
「そうです。シュバーン隊の皆さんが心待ちにしていらっしゃいま
 したよ」
「オレはただのレイブンだっての」

真意は違えど、エステルが同意する。幾度となく繰り返した問答に、
レイブンは大袈裟に溜息をついていつも通りの答えを口にした。


「ワゥ」
「ラピードもおはよ。…あれ、ユーリは?」


宿屋前でわいわいと話す一行のまわりを歩いていたラピードは話の
切れ目を伺っていたのか声を発する。それに気づいたカロルはそち
らを見やるが、いつも一緒にいる飼い主の姿が見られない。首を捻
って周りを伺う少年に、最年長の男がぽつりと呟く。


「んー、飲みすぎたかな?」
「え、お酒飲んだの?」
「そーよん。大人の付き合いってやつだねぇ」


なんとなくユーリとお酒にイコールがつかないカロルは、更に首を
捻って宿屋の二階を仰いだ。








                              残り香









ユーリは頭を悩ませていた。昨夜は酒を飲み、そのおかげで思いの
ほかすぐに寝つけた。しかし、一度明け方に目を覚ましてからは眠
れなかった。城に行ったメンバーを考えれば時間的にもう少し寝れ
そうなものなのだが。原因はすでに思い当っている。酒を飲み交わ
した相手だ。今も、空いている窓の外から声が聞こえている。この
様子だと、自分を除いたメンバーは揃っているようだ。


「…どーすっかな」


このまま合流しないわけにはいかない。しかし、何事もなかったよ
うに接するには時間が経ち過ぎている。他のメンバーは誤魔化せて
も、当事者である男のことは無理だろう。ユーリはベッドから起き
上がり、窓まで歩く。外の様子を少し伺うだけに留めるつもりだっ
たが、ちょうどこちらを見ていたカロルと目があってしまった。


「あ、ユーリ!二日酔い?大丈夫ー?」
「大分治まったよ。悪ぃな、待たせて。すぐ降りる」


わざわざこちらから説明するよりはよっぽど楽だ。ユーリはカロル
の言葉に感謝しながらまずは合流することを優先させた。




久しぶりに飲んだお酒に飲まれ、らしくなく潰れてしまった。
これが一行の出した結論だった。普段の行動に隙がない為、そうい
った事情が珍しいらしい。帝都を出発した道中、すっかりその話で
盛り上がっている。その輪に入っていないのは、ユーリとレイブン。
輪から、そして相手からも距離を取ってユーリは歩いていた。


「ユーリ君、本当に体調悪いの?」


ふと、前触れなく声をかけられる。視線は前の一行くを見据えたま
まだ。お互いの顔は見ないまま会話を続ける。


「…いや、問題ねーよ」
「そうだよねぇ。お酒に問題はないし」
「…」


分かり切った返答だと言わんばかりにレイブンはすかさず言葉を繋
げた。語尾のニュアンスで笑っていることが分かると、さすがに腹
が立ちユーリは黙る。いつもの軽口もたたけない。この状況をどこ
かで冷静に見ている自分は、いつも通り振る舞えないのを不思議に
思っていた。


「そんなにおっさんのこと気になっちゃう?」
「なんでそーなるんだよ」


並行の距離を保ったまま歩いていたレイブンが半歩距離を詰める。
しかしユーリは同じ距離分左へ避けた。ちょうど歩道と草むらの境
目だ。歩きにくいのを我慢しながらその距離を保つ。


「なかったことにするなんて簡単なのにさ。わざわざ態度に出して
 まで気にしてくれてんでしょ?」
「これはどっかのオヤジが色気とやらに惑わされないためだ」


分かり易く示された態度にやはり笑いながらレイブンはもう半歩詰
めた。さすがに草むらを歩くのは不自然なので、ユーリは相手の顔
を見やり言い放つ。言葉の節々に棘があるが、あまり相手には効力
を示さないらしい。


「大丈夫よ。今はそんなに出てないから」
「何が、」
「フェロモン」


ぱしっ


右手に持っていた剣を素早く左手に渡すと、空いた手で裏拳を放つ。
しかし、それに合わせたかのように出てきたレイブンの左手で受け
止められた。肌がぶつかる乾いた音が、二人の間で鳴る。ユーリは
一瞥した後手を元に戻した。


「しっかし、アレだね」
「…」
「一晩中考えてくれてたの、オレのこと」
「なっ…」


顎を摩りながら出てきた言葉にユーリは思わず聞き返す。ある意味
間違っていないが、レイブンが言うと恋愛事のように聞こえる。意
味していることが違う、と伝えようとしたが続いた言葉に遮られた。


「お酒じゃなくて寝不足なんでしょ」
「…」


先ほどのキレのない拳のことを言っているのだろう。ユーリの動き
を再現しながら笑う。そこから推察したのだ、と。そう言いたげだ。


「ちゅーされた相手のこと考えて眠れないなんて、乙女だねぇユー
 リ君」


今度は剣をしっかりと持ち、躊躇なくユーリは振り下ろした。剣圧
でレイブンの短めの髪が揺れる。そのすぐ後ろで魔物の断末魔が聞
こえた。


「二人とも、大丈夫っ!?」


その声にいち早く反応したカロルが身の丈に合わない刀を背負う様
にして持ち、二人の元へ駆け寄る。レイブンの傍らには真っ二つに
なった蜂型の魔物が息絶えていた。


「おっさん斬られるかと思っちゃった」
「嘘つけ」


にっこりと、語尾にハートマークでもつきそうな勢いでレイブンは
笑った。自分の剣の初撃を完全に見切り、微動だにしなかった相手
にユーリは毒づく。道の先の方でこちらを心配そうに見ている一行
に、カロルが駆けて状況を知らせに行った。顛末を話し終わったの
か、少し離れたところからこちらに手を振っている。


「おっさんこそ、」
「ん?」
「オレこと考えすぎて寝不足なんじゃねーのか?」


いつもであれば背後に隙など作らない男だ。何かしら理由があるは
ずだが、当てずっぽうで言ってみる。視線はカロルたちに向けたま
まだ。


「そうだよ」


恥ずかし気もなくレイブンは肯定した。大人の余裕なのか、経験の
差なのか。どれとも取れずユーリは足早に前の集団に追いついた。
後ろから、待ってよ〜と間の抜けた声で追いかけてくる。聞こえな
いようにしても、見ないようにしても僅かに残る酒の匂いが昨夜の
出来事を思い出させる。早くこの匂いから解放されたいと切に願う
のだった。













*あとがき*
100題にある「毀れた弓」の続きになってます。
なんか、大人のかけひきみたいなものに見せかけて
アホらしい恋愛をして欲しいです。
そんでジュディスとかに感づかれて欲しいですね!
はずかち!













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