自分のことなど自分が一番分かっているつもりだった。アレクセイ
の駒として、レイヴンと名乗ることを決めた時、手にしたのは弓だ
った。仮初めの人生だったとしても、キャナリのような優しい生き
方をしてみたかったのだ。 

初めて手にした武器を使いこなすのにさほど時間はかからなかった。

いつも彼女を見ていた。
練習場で弓を引く度に見ていた。
戦場で見ていた。
夢に見ていた。 

彼女の細腕が矢を持ち、構える。キリキリと弦が張り詰める。彼女
が狙いを定めるために息を止める。見ているこちらも息をつめた。 
限りなく緩い弧を描き、標的に刺さる。まるで吸い込まれるように
刺さるので、僅かにする音でさえ不自然に思われた。  


前線で戦う自分やイエガーをしっかり後方から援護するキャナリ。
彼女の闘い方に憧れたのだ。   









そう、思っていた。 













                              回る景色










「とどめはいつも弓だよな」  


ユーリの言葉だった。とどめ。魔物だろうと人間だろうと敵であれ
ばとどめをさす。

息の根を止める。
生を絶つ。
この世から消す。
肉を切る。
削る。
痛めつける。 
とどめ。
一番遠くから弓を引く。   


『弓ならあたなたちを支援出来るでしょ?』    


キャナリ。俺の笑みと君の笑みはどれほどの差があるんだろう。

敵が血を吹き出す。苦しみ、もがく。最期の攻め手を冷静に後ろへ
避ける。そして俺は弓を引くのだ。安全に離れた所から。死から遠
ざかって。傍観者を気取って戦場に立つ。  

レイヴンとして生きて行くのは楽だった。多くの命を奪った自分を
捨てたかった。それなのに、かつての思い出の中から戦うための武
器を見繕うなど滑稽以外に表しようがない。  

戦闘の度にユーリの言葉がちらついた。

短刀を手に前線に出る。
刀を振り相手に当てる。
斬る。
抉る。
裂く。
対峙することはこんなにも怖いものだっただろうか。 
命を奪うのに何の躊躇もなく剣を振るっていた自分を疑った。  


「レイヴン、」  


静かな声だった。パーティーメンバーは戦闘後の治療中だ。少し離
れたところでその声を聞いた。いつもの調子で返事をするべきだっ
た。数瞬間だがタイミングを逃す。今何を言っても遅い。  


「あんま危ねぇ戦い方すんな」  


器用に左手だけて剣を鞘から出し、構えた。とっさに懐の刀に手を
伸ばす。それに対して慌てる様子もなく、ユーリは剣を地面に突き
立てた。そこを中心に薄い青の方陣が足元に広がる。回復技だ。そ
こで初めてレイヴンは自分が怪我をしていることに気がついた。  


「戦い方を変えて欲しかったわけじゃねーよ。悪かった」 
「…じゃ、どーゆーわけか教えてよ」  


驚いた顔がこちらを見た。ただでさえ大きい瞳が見開かれる。それ
ほど自分の言葉が意外だったのか。少し可笑しかった。彼にしては
珍しく言葉に詰まっているようだった。思案して視線を逸らす。  


「遺志を汲んでんだと思った」


一瞬、何を言っているか理解出来なかった。ユーリの言葉はいつも
結論が先に出る。いくつもの問答を重ねた後の答えのようだった。
その彼が『遺志』と言った。


「…その弓があんたを守ってるように見えた」


地面に刺したままだった剣を引き抜いて、ユーリはぽつりと呟く。
自らも剣を扱うのだ。戦った後、自分の手にどういった感触を残す
のかよく分かっていた。それらから遠ざけるように弓は扱われてい
たのではないのか。そう思ったのだ。

10年前の戦争は関わったものすべてを傷つけた。戦う、という行
為から逃れたかったものもいるだろう。レイヴンもその一人だった
はずだ。しかし、戦線から逃れられることはなかった。だから代わ
りにキャナリが戦っているのだと。ユーリは彼女の遺品を持つレイ
ヴンに告げる。


「…、」


言葉は紡げなかった。ただ、いつか見たキャナリのように微笑んで
いられるように祈った。自分のことなど自分が一番分かっているつ
もりだった。今も昔もそうではないと知らせてくれる人が近くにい
ることに、レイヴンは感謝した。













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タイトルに深い意味はないんですが。
レイヴンの術技をちらちら見ていたらこれがいいかな、って。
刀も弓も使うレイヴンにとって、それらの武器はどういう
意味を持っていたのか、とか。
刀はね、なにげにドンの遺志を継いでたら良いと思うよ!



























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