たまの休みに









何もない空間に体は放り出された。重力に従って体は下へ下へ落ち
ていく。バランスを崩した片足で全体重を支えるのはさすがに無理
だった。着地した時にはすでにその後のことを考えていた。腕の中
にいる子供に余計な心配をかけないように、表情を作る。それに神
経を集中させ、骨を折った。


「…」


暇だ。
ユーリは窓の外から見える変わらない街並みを見ながら思う。ゆっ
くりと空の雲が右から左へと流れていた。何時間そうしているのだ
ろう、と時計を見ると先ほど時間を確認した時からまだ10分と経
っていない。喋る相手もおらず溜息だけ零れた。

下町を歩いていると、少年が登った木から下りられなくなっていた。
それを見兼ねて助けに行ったは良いが、途中でバランスを崩し、そ
のまま落下。一人であればある程度の受け身で軽傷ですんだのかも
しれないが、腕の中に抱えた子供のことを考えるとそうもいかなか
った。そして、現在に至るのである。

普段、寝泊まりくらいでしか活用しない宿屋の2階の自室。そこの
これだけの長期間拘束されるとは思いもしなかった。

自分がベッドに横たわっていれば、常に床にはラピードがいた。し
かし、今日はいないのだ。自分の代わりに街を巡回している…らし
い。この部屋をよく訪れるテッドから聞いた話だ。

吊るされた足は、真新しい包帯に巻かれている。治癒術に頼るのも
良かったが、医者の話だと自然治癒にした方が骨が強くなる折れ方
だったらしく現状に至っている。何より、いつも動きまわっては危
ない行動をとるユーリをベッドに縛り付け大人しくさせる良い口実
だった。結局、エステルとフレンに押し切られたのだ。

窓の外は相変わらず平和なものだ。下町の程良い喧騒と、静かな風。
慌ただしく過ごした日の方が圧倒的に多かった。こうして何もしな
くて良い時間を与えられると、逆にどうして良いか分からない。ユ
ーリは何度目か分からない溜息をついた。


「おー、辛気臭い顔してるわね〜」
「暇で死にそうだ。おっさん、治してくんねーか」
「だめよ〜。そんなことしたら嬢ちゃんと騎士サマに怒られちゃう」


入ってきたレイヴンは近くにあった椅子に腰かけ、大げさに肩を竦
めて見せた。どうやらここまで彼らの手は回っているらしい。ユー
リはあからさまに落胆し、再び窓の外に視線を向けた。


「まあいいじゃないの。たまにはゆっくり休むのもさ」
「一日こんな状態じゃ休みってより拷問だな」
「日がな一日寝てればいいなんて代わりたいくらいよ」
「折るだけならやってやろーか。丁度体がなまってたところだ」
「いやいや、冗談でしょ。…冗談でしょ?」


あながち嘘でもないユーリの殺気に、レイヴンは思わずたじろく。
すぐに休みたいと願っている老体にとって、寝ることを強要されて
いる身分はうらやましいもの以外のなにものでもない。しかし、当
人がそれを望んでいないのであれば話は別だ。本当に退屈そうなユ
ーリを見て、レイヴンは軽口を叩くのをやめた。


「おっさんは楽しいけどね」
「?」
「ゆっくり青年を見られるのってそうそうないでしょ?」
「観賞物になった覚えはないけどな」


二人の間でまたゆっくりと時間が流れた。窓の外には相変わらずゆ
っくりと雲が流れている。空の色は少しだけ黄色がかっていた。夕
陽の色が少し入ったのだ。穏やかに流れた時間は、先ほどまでの一
人の時間よりもはるかに早く過ぎたのだとユーリは気付く。

それが他の誰でもないレイヴンに要因があることに苦笑した。













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骨折じゃないんですが。
入院すると暇だよねっていう経験談より(え
特定の誰かと過ごすと時間の経過が違うって。
それが特別な人だったら乙女だなと。
乙女ユーリバンザイ!!



























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