外に出ると、幾分か気が晴れた。室内の花見場所を提供してくれた
村長の家を後にし、ユーリは歩く。地面に落ちている花びらを踏み
しめ、なるべく人の少ない場所へ足を向けた。村の端には小さな水
場があった。細工された噴水のようでもある。コンクリートで出来
たそれの端に腰掛け、息をついた。

…疲れた。考えるのに疲れた。振り回されてむかついている自分に
むかついて疲れた。出口の見えない思考回路だ。はらはらと自分の
周りを花弁が舞う。花から先ほどのパフェが連想され、そこから行
き着く思考に眉を寄せた。








                              花と蜜と香2







「なに怒ってんの、」
「別に」
「いや、怒ってるでしょ、それ」
「…」


狙い澄ましたかのように現れたレイヴンにユーリは動揺もしなかっ
た。何となく、現れるような気がしていたのだ。傾斜の上からゆっ
くりとした足取りで近づいてくる。


「ちゅーしたの怒ってる?」
「…」


やはりあれは夢ではなかったのか、と今更ながら思ってしまう。確
かに自分は怒っているのかもしれない。しかし、キスされたことに
対してではなかった。


「それとも、俺が怖くなっちゃった?」
「怖くはねーよ」


あからさまに避けていた行動をそう取ったのだろう。続けられる質
問にユーリは即答する。確かに彼が怖いわけではない。彼を避けて
いたのは困るからだ。


(…困る?…何に?)


自問自答を繰り返し、ユーリの思考は再び迷宮と化す。ぐるぐると
考えている青年をよそに、レイヴンは二人の間の距離を詰めた。言
いにくそうに、頬をかく。


「…あー、いやだった?」
「酒入ってたし、覚えてない」
「じゃあ、今は?」
「は?」
「今したら、はっきりするんじゃなぁい?」
「…」


分からない問題をそのままにしておく性分ではない。レイヴンの問
いは分かりやすく答えを導いている。ユーリは更に距離を詰めてく
る男を真っ直ぐ見た。今回は目を背けないように、と自分を叱咤す
るように拳を強く握る。


「試していい、」
「勝手にしろよ」


甘い、匂い。
感触は以前のそれと変わらない。翡翠の色をした瞳が近づき、伏せ
られる。


「も、いーだろ」
「まーだ、」
「な、っん…」
「俺の舌、甘い?」
「っ!」


ここは外だということを、少し離れたところからする話し声で自覚
する。離れようと体を押し戻すが、それよりも強い力で抱き返され
る。触れるだけだった唇の間から舌が侵入し、ぐるりとユーリの舌
をからめ取った。一連の動作をしながら、レイヴンはぱちんと指を
はじき風の魔術を展開する。落ちるだけの花弁が一気に舞い上がり、
ハルルにいる住人の目を一瞬にして奪った。村の端にいる二人のこ
となど、視界には入らないほどだ。

舞い上がった花弁が再び重力に導かれ下に落ちる頃、二人の距離は
また一定を保つ。拳を握っていたユーリの手は、先ほど触れられた
唇を隠すように顔の前に動いている。嫌か、と聞かれた問いに答え
なければ、とユーリは離れた男に向き直った。


「…甘いのは、嫌いじゃない」
「う、わ、」


直接言うのはやはり憚られ、目線を外し少し拗ねた言い方になる。
珍しく幼い仕草にレイヴンは思わず後ずさった。ざり、と足もとの
土が音をたてる。


「ユーリ君、それ反則」
「なにがだよ」
「おっさん、本気になりそう」
「…なんだソレ」


体温が上昇するのが分かる。顔まで熱くなって来たので、気づかれ
ないように足早に村長の家へ戻る。後ろできっとあの男は笑ってい
るのだろう。背中でそれを感じつつ、ユーリは扉をくぐった。


「あ、おかえりなさい。ユーリの分とってありますよ」
「いや、もう食べた」
「あれ?そうでした?」
「ああ、かなり甘かったな」
「そうですよね、おいしかったです」


エステルの好意をかわしながらユーリは答える。どのように食べた
か。どんな味だったのか。リアルな感触は口に残っている。甘さも、
舌の触れ方も。深く口を合わせれば、相手の不精髭が顎にあたり、
少し気になること。

ハルルの木の蜜。この花の匂い。
苦手な匂いがまた増えたことに、ユーリは諦めつつ笑った。















*あとがき*
残り香の続きになっています。
書き終わったら思いのほか長く、二つに分けてみました。
ハルルの描写を書くのに、コントローラーを握りしめ視察。
うちの一行はザーフィアス辺りを常にうろうろしています。
ユーリはいつ、いかなる時も格好良く。
でも、ほんの少しそれが崩れる瞬間がたまらなく可愛いです。

















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