攻防












「おっさんは今まで何人の男と付き合ってたんだ?」
「ぶはっ…な、なんてこと言うのきみは」 
「答えたくないなら強要はしねーけど」  


知りたくないと言えば嘘になる。しかし駄々をこねて教えて貰うよ
うなことではない。お互いの気持ちを伝えた。それを互いに受け入
れた。それ以上のことはない。彼…レイヴンに関して情報が少ない
のが不満だった。 


「いくらおっさんでも、男を好きになったのはユーリくんだけよ?」
「…ふーん」
「うわっ!!なに、その信じてない目!傷つくわー」 


大袈裟に肩を竦めて見せる。それが少しおかしかった。笑うのを隠
そうと顔を逸らすと咎められる。ユーリは空いていたベッドに腰を
下ろし、レイヴンを見据えた。ザーフィアス城の一室。シュヴァー
ンが使っていた部屋だ。

初めて通されたその部屋は、フレンの部屋とさほど変わらない。幼
なじみの部屋は片付いている印象を受ける。しかしこの部屋は生活
臭がしなかった。

掃除の行き届いた部屋には埃ひとつ落ちていない。宿屋の自分にあ
てがって貰っている部屋を思い浮かべると、そのギャップに少し戸
惑う。知っている日常からあまりにも離れしていていた。 


「品行方正」
「?」
「貴族と平民の差別をしない、模範的な騎士」
「…なにが言いたいのよ」 


唐突に言われた単語が、シュヴァーンの評判だと分かるとレイヴン
の動きが止まる。ベッドから離れたところの椅子に座った。ちょう
ど窓から月明かりが差し込み、レイヴンの影を浮かび上がらせる。 


「そんな騎士様がこんなことしてて良いのかなってさ」 


騎士団に入れば隊長の話になるのは自然な流れだった。その中でも
平民上がりの同期たちの中で、アレクセイ、シュヴァーンの人気は
高かった。隊に配属されるまでの育成期間は誰がいるどの隊なのか
という話ばかり聞いていた気がする。 

その皆の憧れの騎士団主席は、こうして自分と密会しているのだ。 
どうしたって良い方向に転ぶとは思えない。  


「あのねぇ、ユーリくん…」 


言葉よりも表情で察したのかレイヴンはまた大きくため息をついた。
ゆっくりと立ち上がるとそのままユーリの目の前まで歩いた。流れ
るような動き。板張りの床は音も鳴らさない。関係のないところに
感心していると、突然顔をぱちんと叩かれた。 


「なにす、」
「そーゆーこと言うと、おっさん怒っちゃうよ?」 


叩かれたのではなく、両手のひらで顔を挟まれたのだ。下を向くの
もままならない状態の眼前に、レイヴンの顔があった。その表情は
おどけた声色とはうって変わって真剣そのものだった。 


「仲間は信じられても、おっさんは信じられない?」
「…そんなこと言ってねーだろ」
「じゃあ信じてよ。オレはユーリが好きなの」  


柔らかく瞳が半月に細められる。無精ひげを残した口元が緩く笑ん
だ。至近距離だった。普段、滅多に視線を逸らすことはない。思わ
ず下に逸らした。ユーリの長い睫が影を落とす。レイヴンの影が落
ちるのも同時だった。軽く唇が触れる。かさついた唇。近くにいる
と分かる匂い。ユーリは目の前の男を抱きしめた。 


「青年…この体勢ちょっと辛いわ」
「あ、悪ぃ」 


座っている人間に屈んだ状態で抱き締められるのは腰に負担がかか
る。レイヴンの言葉に力を緩めるかと思われた腕に、更に力がこも
った。力の先はユーリの方向。そのまま覆い被さる形でベッドに倒
れ込む。  


「…ユーリくん、」
「不満かよ」
「いやいや、そーゆーんじゃなくてね…」 


お互いの息がかかる距離。声が耳元で響く。レイヴンの困った声を
聞きたかった。暖かい匂いがする。匂いを肺いっぱいに吸い込むと、
近づいた距離が更に縮まるようだった。 


「…もしかして誘ってる?」
「おっさんはキスだけで満足か?」 


言いながら耳を噛む。軟骨の上を皮が滑るのが分かる。唇に挟まれ
た耳が僅かに動いた。嘘を吐く意外に動揺すると動くらしい。その
反応が面白かった。 


「歯止め効かなくなるでしょーが」
「じゃ、止めんなよ」
「…まったくこの子は…」 


呆れたように笑うその表情が好きだ。道化の部分と理性の合間。誰
も知り得ない顔や声。それを見てみたいのだ。  


「レイヴーン?ユーリー?どこー?」  


ふいに扉の向こうからカロルの呼ぶ声がした。ばたばたと走る足音。
随分走り回っているようだ。お互いにその声を確認して顔を見合わ
せる。 


「…残念だけど時間切れみたいね」 


残念だと語る口は少し安心したように緩んだ。気に入らなく、再び
そこに唇を押し付ける。角度をつけて舌を入れた。無精ひげが感触
を残す。薄く開いた目でレイヴンを見やる。相手も同じようにして
いたようで視線がぶつかった。  


「いひゃっ」
「…」
「…いひゃいょ、へーねん」  


どこか余裕を残しているのが気に入らなかった。レイヴンの下唇を
強めに噛む。構わずに喋る男にこれ以上の変化は見られないと思い、
口を離した。  


「…カレー」
「へ?」
「おっさん食堂のカレー食ったろ」
「え、匂う?」
「味がした」 


言いながらレイヴンの唇を舐めた。なるべくゆっくり。体温を伝え
るように舐め上げる。  


「…エロい」
「そりゃどーも」  


レイヴンの声が微かに上擦った。それに幾分か満足すると、ユーリ
はカロルがいるであろう廊下に足を向ける。今日はカレーを作ろう。
ユーリは密かに決めた。彼の目の前にカレーを一皿出す。その時の
反応が楽しみだ。  


「カロル」
「あ、ユーリ!もーどこ行ってたの」
「食材の買い出しまだだよな。行こーぜ」
「え、なに、ユーリ作ってくれるの?」
「おー。今日はカレーだ」  


やったーとはしゃぐカロルの声はシュヴァーンの私室まで響く。あ
る程度会話の内容を予測したレイヴンは深く嘆息した。




















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じれったいですね!
書いていてなんでエロい方向に進んでくれないのかもやもやします。
この二人はこれくらいでもやもやしている方が似合いますか。
そのうちにフレンにかっさらわれてしまうよ、おっさん!
エロい方向に進めるとおっさんが悪い方向に進みそうです…。











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