相手の胸に耳をあてて抱きしめて貰うのが好きだ。自分には到底聞
くことの出来ない鼓動を聞くのが好きだ。 黒い髪、黒い瞳。 出来
るなら彼の鼓動が聞きたかった。    









                                                            星にねがいを







「あなたから呼び出すなんて珍しいこともあるのね」
「いやぁ悪いね」
「少しは期待していいの?」
「んー?だめだめ〜。おっさんなんてロクなもんじゃないよ」
「ふふ、それでもいいのよ」 


少しだけ悲しそうに笑う彼女の名前を思い出せない。いつも行く酒
場で声をかけた。 

黒い髪が綺麗だったのだ。 


「は、あ…っんん」  


腕の下で声を上げる彼女は柔らかい。  


「んぅ…レイ、ヴ…あぁっ」  


その声は高く、甘く自分の名前を呼ぶ。彼との相似点を探しながら、
相違することばかりが目についた。  


(もう末期だ)  


腕の中の女に彼を求めている。その行為がどれほど馬鹿げているか
自覚しているつもりだ。それでも擬似的に彼を抱かずにはいられな
いところまで来ていた。 

一度生きることを手放し、再び生き長らえることを選んだこの体は
欲望に忠実だ。

女の視界に目隠しを。
手には縛りを。
部屋を暗くし事に及ぶ。

胸にある異質を隠す為だ。おそらく女は自分が誰かの代わりに抱か
れていることを感づいているだろう。それでも側にいてくれるのは
「愛情」だろうか。 


「…子供みたいね」 


彼女の体に身を預け、耳を胸にあてる。甘えるだけのこの行為を、
女は笑った。 


「はは、最近は子供の方がしっかりしてるよ」
「あら。子供でもなかったらあなたはなによ」 


一緒に旅をしている仲間は驚くほど成長をしている。技術的な面も
もちろんだが、精神的な自立は自分よりもしっかりしている。そん
な子供よりガキであり、きっと大人にもなりきれていない。 


「…さぁ…オレにもよく分からない」 


自分が何者かなど、10年も前に考えるのをやめてしまった。そこか
らどうしても考えが動かない。自分は何者になりたいのだろう。   


「おい、おっさん」
「…、」 


ユーリの声で我に返った。白昼夢でも見ていたかのように目の前の
現実がひどくぼやける。幻想の街、ヨームゲン。視界が揺れたのは
幻だろうか。 


「ん?なによ青年」  


平静を装った。感づかれただろうか。構わずに、作った笑みを固定
する。遠くで波の音がした。 


「…ぼーっとしてんなよ」
「えー。おっさん、ぼーっとしてたい〜」
「何かあんなら言えよ」 


軽口でかわそうとしたが失敗した。ユーリの言葉は刺さる。彼の遊
びの多い攻撃スタイルとは真逆だ。一番選んで欲しくない言葉を的
確に選ぶ。 

植物がトンネルを作るように植えられた道。日除けの為だろうが、
影は頼りなく、薄かった。出来るならもっと暗く、濃い影に身を潜
めたかった。 


「…言ったらなんとかしてくれる?」
「ま、内容によるな」
「ユーリくんとしたい」
「あのなぁ、こっちは真剣に、」  


ユーリの言葉が止まった。おそらく自分の表情に気づいたのだろう。
軽口を叩くのは疲れた。全てを話して楽になってしまいたかった。
そんな一瞬の誘惑に負けたのだ。  


「…はは、冗談よ。そんな真面目に怒んないでってば」  


顔は、見られなかった。彼がどういう反応をするのか見たくない。
自分で蒔いた種のくせに刈り取れないなんて滑稽だ。風が吹くと潮
の香りより近くの植物の香りがした。それがいつか抱いた女の香水
と似ていて辟易する。 


「いいぜ?レイヴンがそうしたいならな」 


一呼吸おいてユーリは平然と言ってのけた。本気だと捉えていない
のだろうか。もしくは本当に抱けるはずがないとでも思っているの
だろうか。 彼の目を見る。挑戦的な目は相変わらずだ。 

体の奥で何かがくすぶる。嗜虐心が一番近いのかもしれない。手に
入らないのなら、壊してみたいとすら思う。焦がれるだけ遠くなる
ような気がした。   

凛々の明星とはよく言ったものだ。あんな星に手が届くはずもない。 
その星が自ら降りて、自分の腕の中に収まるなど、考えもしなかっ
た。  


「…何で逃げないの」
「逃げて欲しいのかよ」 


男に組み敷かれるこの状況を何故受け入れられるのか。疑問に思い
ながら、これこそ幻なのではないかと肌に触れて確かめた。

温かい。押せば返す弾力。そこにきちんと存在している。 

彼の内に押し入った。女性のものとは明らかに違う感覚。全部を締
め付けられる刺激が、一瞬意識を遠のかせる。 


「…っ青年、力抜いて。痛い」
「オレだ、って…痛ぇ、よ」 


もともと性交の為に作られた器官ではない。無理はすぐに出た。そ
れでも抱くのを辞めなかった。ゆるゆると腰を動かす。彼のを指で
扱いてやった。先走りが滲み、声を上げる。男の体は分かり易い。
目に見える形で感じているかが分かる。  


「…っぅ…ぁ」  


ユーリの眉が寄った。痛みか快楽かは分からない。しかし、下半身
を見れば明白だ。一番反応する場所を割り当て、そこになるべく当
たるように腰を動かす。 


「っん…ぁ、あ」  


今までシーツを掴んでいた手が腕を掴む。力が入ると、爪先がレイ
ヴンの肉に食い込んだ。構わずに体を進める。もしかしたら、もう
やめてくれと言ったのかもしれない。聞こえないふりをして唇を塞
いだ。くぐもった声がする。ユーリの口を伝って口内が振動した。 


「…っレイ、ヴ…ン」 


揺らされる体では上手く言葉が紡げないようだった。途切れ途切れ
に自分の名を呼んだことに体温が上がる。彼の視界に自分が入って
いることを確認した。     


「…なんであんたが泣くんだ」
「………なんでだろうね」     


星に手が届いてしまった。
きっと元の位置に戻しても同じようには輝かない。 


そのことが。 



酷く。   




酷く、





嬉しかった。 






















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どこか重ねてしまったり。
キャナリは汚せないから、とか理由つけてると良い。
ユーリもユーリでレイヴンが好きなんだけど、
ちゃんと伝わらないからジレンマ。
もしかしたら、ユーリからの方が気持ちが大きかったり。
そんな2人。











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