「おー。開店日よりやなぁ♪」

一人の青年が青空を仰いで機嫌良さげに呟く。真新しい看板を店先
に置いて同じく出来たばかりのシャッターを上げた。僅かだが、塗
料の匂いが残っている。商品に影響がなければ良いが、と青年は胸
中で呟いた。ガラガラと上がったシャッターの奥に、すでに配置し
てあった『ペット』の小屋が覗く。しかしそのペットは普通のペッ
トと呼ばれるものではない。人間の形に動物の耳やしっぽが生えて
いる。

「ほな張り切って客探そか〜」

数日前から街に張ったり配っていたビラを片手に一人の青年…シゲ
は声を張り上げた。








                              開店








内装はまだごちゃごちゃとしているが、予想売れ筋…もとい予想レ
ンタル筋のペットは店の一番目立つショーウィンドウに置く。特に
シゲのお気に入りの『ツバサ』は日当たりが良いところに配置した。
ペットの小屋と言っても、人間サイズの小さな檻と言ったところな
のだが。

「起きてや、ツバサ。もう開店したんやで?」
「んにー…。…」

日当たりの良いところですやすやと寝息をたてているツバサを起こ
す。オレンジがかった茶色い大きな猫耳は時々ぴくりと動き、長い
しっぽは波打つように動いているのだが、起きる様子がない。

大きめのシャツからのびる手足の爪は、思いの外鋭い。機嫌を損ね
て引っかかれたら痛そうだ。そこでシゲは聞こえるようにぼそりと
言う。

「…せっかくアレ用意したんになぁ」
「え、うそっ!」
「客ゲットしたらあげるわ」

アレというのはシゲお手製の『またたびジェラート』のことだ。も
ともとツバサが好きだったジェラートに、猫が好きと言われている
またたびを複合したもの。食べることによって、少し酔うぐらいの
心地の良い感じが味わえるのだ。試しに作ってツバサに食べさせた
ところよほど気に入ったらしい。普段わがままなこの猫にも、それ
を出せばおとなしくなる。

しかし。

「今!…今くれないの?」
「あかん。ジェラート作んのにも金はかかんねんで?その分稼ぐと
 思い」
「ケチー。不良ー。陰険ー」
「…」

今のように言うことを聞かないときもある。そんなときは…。

「にゃ!」
「おとなしくせなあかんで?」

大きな耳を両方ちょんとつまむ。すると、さっきまで威勢の良かっ
たツバサはたちまちへたりとその場に倒れ込む。

「わ、かった…から、やめ…っん」
「弱点は知り尽くしてるんやからな♪」

ツバサはその大きな耳が性感帯らしい。少し触れられているだけで
顔が上気し、瞳は潤んでいく。それを満足そうに確認したシゲは、
他のペットの様子を見に行った。

「どうも店長はあなたに弱いみたいですね」
「…タキ。起きてたのか」
「ええ。ボクは早起きなんです」

もとから細い目がにっこりと笑って、おはようございますと付け足
す。ツバサのすぐ隣の小屋にいる同じ猫科のタキだ。やはり彼も頭
がいいので話し相手にはもってこいの猫。だけれどたまに痛いとこ
ろをつくのはしょうがないとする。

「…シゲがオレに弱いって?そんなことないだろ。いっつもあんな
 感じじゃん」
「それこそそんなことありませんよ。ほら、見ててください」

やはり鋭い爪で指さした先には、店長シゲと、犬科のナルミ。店を
開店するに当たって、最後まで入れるか入れないか迷ったペットだ。
結局オーナーの推薦もあって、『番犬用』として入荷されることに
なった。タキも『ネズミ退治用』なのだが、立ち回りがうまいので
ツバサ同様『愛玩用』としてもレンタルされる予定だ。

「何でオレがこんなすみっこの方なんだよ!」
「いやぁ、ツバサから遠ざけたら自動的になってしまったんよ」
「ふざけんな!ツバサはオレのもんだっ!」

大型犬ナルミは、種族を越える愛でツバサにアタック中。それをみ
かねたシゲが、ツバサから一番遠い、店の中でも奥の方にナルミの
小屋を設置した。それがかんに障ったらしく、ナルミはシゲにくっ
てかかる。

ガシャン、とシゲが小屋を蹴った。わんわんと金属特有の音が残る。
打って変って、表情は営業スマイルよろしくにっこにこだ。

「吠えるんは稼げるようになってから言うてみぃ」
「…っくそ」

店の中にも階級というものが存在する。ツバサたちが見たこともな
いオーナーを中心に、次に店長のシゲ、そしてレンタル率が高い順
に階級が変わる。今の段階ではまだレンタルはされていないので、
もっぱら店長の好みで変わる。

「ツバサさんを待遇しているのは目に見えるでしょう?」
「…ナルミよりはな」

はぁとため息をついてツバサはガラス越しの街を見た。人と車が通
っている道沿いにこの店は建っている。と、そこへ大柄の男が入店
した。

「いらっしゃい。どんなペットお探しですか?」
「広告を見て来たんだが…人なつっこい犬はいるかな」
「おりますよ、元気のいいのが一匹。犬ですがよろしいですか」
「ああ、見せてもらえるかな」

記念すべきレンタル第一号は犬科のフジシロだ。生まれて間もない
ので、何にでも興味を示し人なつっこい。外見は10歳くらいの少
年で、泣きぼくろが印象的だ。

「期間はどうします?最初ですから一週間ぐらいが手頃かと」
「じゃあ、そうしようかな。よろしく、フジシロ」
「よろしくっす♪」

シゲの指示通りに書類に「渋沢」と明記した客は、オプションで一
週間分のエサを片手にフジシロを連れて出ていった。退店するまで
にこにことスマイルをしていたシゲは、更に上機嫌になる。

「初日から客なんてええ感じやなぁ♪」

レンタルペット屋無事開店。












→マサキ来店









ブラウザで閉じちゃって下さい
*気まぐれな猫*http://kimagure.sodenoshita.com/*