ある日の午後。一人の青年が町を歩いていた。午前中にバイトを
済ませ、何となく家に帰るのもなんだな、と思っていたので。最
近出来たらしい店を、ふと見た。

「…」

店のショーウインドゥの中にある瞳と目が合う。そらそうとする
と、視界の縁に悲しそうな顔が映るので、再び視線を戻す。数分
後、褐色の青年は店の中に足を踏み入れた。







                                                         マサキ来店








「いらっしゃいませ」
「…どうも」

青年が店の中にはいると、カウンターで新聞を読んでいた金髪の
男が、営業スマイルよろしく笑顔で出迎えた。見渡すと小さな檻
がいくつもある。中には『レンタル中』と書かれている札がかか
っているものもあった。

「ペットの方はお決まりですか?」
「え、いや…つか、何なんすかここ」

実際、ショーウインドの中にいた猫(?)と目があって、何とな
く入ってきてしまったのだ。何の店かもわかっていない。

「(何も考えんで来たんかい)レンタルペット屋と申してですね、
 お好きなペットをレンタルしていただけます」
「…ええと…え?」

店の店長…シゲは丁寧に説明をする。店の奥からナルミが吠える
ので一瞥し黙らせた。

「ですから、好みの奴おったら金払って持ってきっちゅーことで
 すわ」
「…じゃあ、こいつは…」

説明がわかったのかどうなのかは別として、その青年はツバサを
指名した。指さされた本人はぱぁっと顔を明るくさせる。初のレ
ンタルだ。

「ツバサですかー。頭ええ子ですよ。何日にしときますか?」
「…一週間くらい」
「今ならツバサの好物『またたびジェラート』お付けしますわ」
「はあ」

説明されて、青年は書類に必要事項を書いた。当ペットに危害を
加えた場合の賠償金。期限を守らなかったときの連帯料云々。以
上のことに同意しますか?というような内容だ。青年は「黒川柾
輝」と著名して、ツバサを連れて店を出た。




マサキの家までついてきたツバサは、見慣れない他人の家の内装
に興味津々だ。後についてきてはいるがきょろきょろと周りを見
ている。

「にゃー」
「喋れないのか」

人間っぽい発音で鳴かれる鳴き声に、マサキはそれときなしに問
う。しかし、返ってきたのは、

「別に」

実に素っ気ない言葉だった。どうやら人間の言葉は話せるらしい。
このそっけない猫とコミュニケーションを図るべく、マサキは話
しかける。

「黒川柾輝だ」
「知ってるよ。マサキでしょ。名前書いてたじゃん」
「ツバサは…男…だよな」
「オスだよ」
「食べ物は…」
「普通に人間の食べ物は食べれるよ」
「ええと…」
「…無理に話さなくてもいいんだけど」
「…」
「…」

どうやらマサキの思惑はとっくに知られてしまっているようだっ
た。そういえば、あの金髪の店員は頭がいい、と言っていた気が
する。マサキはそんなことを思い出しながら、話さなくてもいい
と言いつつも何かを待っているようなツバサに目を移す。

「…そーいや何か貰ったよな…」
「!」

がさがさと店から貰った袋を探る。その様子にツバサの表情が一
変した。

(…好物…って言ってたか?)

『またたびジェラート』を持った手を右に動かせば右に。左に動
かせば左に顔を向けるツバサが楽しい。あまりにも小動物っぽい、
いや実際にそうなのだが、その動きが可愛らしくて、ふっと笑っ
てしまった。

「っ…。くれないの?」
「いや、そーゆー訳じゃないんだけど」

マサキが笑ったのに反応して、一連の動作を自身で叱咤したよう
だ。少し顔を赤らめながら聞いてくるツバサに、良心が痛んだの
かマサキは口ごもる。

「じゃあさ、何なわけ?くれるんだったらくれればいいのにそん
 な思わせぶりなことばっかして。大体さっきから何をするわけ
 でもなくどーでもいいような話ばっかで、一体どーゆーつもり
 でレンタルしたんだよ。これじゃあ、レンタルされた甲斐がな
 いね」
「…」

もはや犬猫動物云々より、この猫は相当頭がいい。というか、そ
れに言いくるめられているマサキが弱いのか。

「檻から…」
(黒い鉄格子の)

「?」
「檻から助けようと思った」
(自由にしてみたかった)

「…何それ。オレがあそこに捕まってるとでも思ったの?シゲが
 説明したじゃん、レンタルするお店だって」
「…そうか。…余計なコトしたな」
「…」

思わぬマサキの言葉にツバサの方が黙ってしまう。店にいるとき
はあまりなかったことだ。言い返せば言い返す、といった奴ばか
りだったから。ナルミとかは言い返せないから黙った、というこ
ともあるけれど。

今のマサキのように、こちらの言うコトをまっすぐ受け止めてす
べて自分の中に押し込めてしまうような奴には会ったことがなか
った。ツバサはその人間が心配になった。

「…あ、のさ。別に余計なコトって言うか…その、…」

言葉を探しながら、目の前で椅子に座ってこちらを静かに見てい
るマサキの前にツバサは近くまで歩いていく。

「あんま元気なさそうにされると…やなんだけど…。や、そうし
 たのはオレかもしんないんだけどさ…」
「…ツバサ」
「えっ、なに?」

返事がなかったマサキが話して、幾分かほっとするツバサ。手招
きされるままに行くと、いつの間にか膝の上に座らされていた。

「あの…」
「お前が落ち込んでどーすんだよ。オレのこと慰めてくれてんだ
 ろ?」

目の前に意地悪そうな笑顔。ツバサは今までのやりとりの魂胆を
しって、すぐさまそこから離れようとした。しかし。

「わわっ、離せ!」
「あー、可愛い、可愛い。飯のあとあのジェラートやるよ」
「え、ホント?やったv」

ぴん、と耳を跳ねさせておとなしく抱きしめられているツバサは
一抹の不安を感じながらも、食後のデザートを楽しみにした。













→渋沢の一日









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