その日渋沢は、レンタルしてきたフジシロの嫌いなものを見つけた。

「人間と同じものを食べれるんじゃなかったのか」
「食べますよ」
「じゃあ、なんで残すんだ」
「にんじんとピーマンは食べ物じゃないっす」
「…」
「食べ物じゃないっす」






                                                            渋沢の一日







朝食のメニューはトーストにコーンフレーク。それにグリーンサラ
ダとイチゴヨーグルトだ。二人同量を分けられたはずなのに、フジ
シロの方の皿には見事ににんじんとピーマンが残っていた。

それを問いただしたところ先ほどのようなやりとりになったのだ。
一方渋沢のほうはというと、まるで洗ったような皿が残っているだ
けである。別に舐めたというわけではないのだが、比較するとそう
言えるのだ。

「何を言ってる。この野菜にはビタミンが豊富に入っていて食べな
 いと体に悪…」
「そんなことよりサッカーしたいー!ボール♪ボールーっ♪」
「…」

本来レンタル品にここまで体調管理を徹底する客はいないだろう。
それが渋沢の性格なのだからしょうがないかもしれないが。そんな
客心ペット知らずなフジシロはさっさと食卓から抜けてボールを探
し始めた。

お昼にはチャーハンを作ってみた。小さく切ってあるミックスベジ
タブルを混ぜてみたのだが、器用にも赤いにんじんのサイコロだけ
ははけてあった。相当なにんじん嫌いらしい。

レンタルして数日でこのコトが分かった渋沢はどにか好き嫌いをな
くしてやろうと努めることにした。それには少し理由がある。


お昼を食べ終わったあと、ボールをフジシロにもたせて公園に行っ
た。公園の奥には隣接してフットサル場がある。近所の小中学生が
この時間帯になると来る渋沢にサッカーの教えを請いにくるのだ。
その時にフジシロが一緒にいる。外見は子供のフジシロでも好き嫌
いがあるとすれば小中学生に与える影響は少なからずあるはず。そ
れを防止したいのだ。

「あ、フジシロー♪」
「サッカーやろ、フジシロぉーv」

一度連れてくるのをやめようかとも思ったのだがどうやら子供達に
気に入られたらしい。人一倍周りに気を遣う渋沢は嬉しがっている
子供達からフジシロを離すことが億劫になってしまった。

「スミマセン、先輩。いつも弟が世話になって…」
「はは、気にするな。オレも結構楽しんでいるからな」

話しかけてきたのは高校時代の後輩だ。偶然この公園に来ていた少
年がこの後輩の弟だということが分かった。それ以来一緒に子供達
の面倒を見ている。大学生になった今、そういう時間はなかなかに
楽しい。この時期もすでに単位はそろっているから午後受講だけで
事足りる。

「あ、フジシロっ!」
「んんっ、ツバサ♪」

ちょうどその時公園の入り口の方から高めの少年の声がした。振り
返ってみると見た顔で。以前にフジシロを借りに行ったとき一番日
当たりのいいところにいた猫だ。名前はツバサと言うらしい、と胸
中で呟く。近くに浅黒い男がいたのでそれが借り主なのだろう。

「何々、サッカーやってんの?」
「センパイに教えて貰ってんの♪」
「センパイって…主?」
「そーだよ。ツバサもやってく?」

しばらく考えた後で、振り返って男の方を見るとやめとくよ、と言
って去っていった。その様子をみていると可愛らしいカップルのよ
うだ。



午後にはある人物を呼んでフジシロの世話を頼む。

「すまないな、三上」
「何度も聞いた」
「お前の受講は午後ないから…」
「それも聞いた」
「すまん」
「わーかった。黙れ。それ以上言うな、いいな」
「……」

いつもの時間帯になると三上が渋沢の所にやってくる。午後から受
講の渋沢に変わって三上がフジシロの世話をしてくれるのだ。口も
悪く目つきも悪い…といったらもう面倒をみてくれそうもないので
黙っているが、とにかく何だかんだ言って面倒見がいい三上につい
つい渋沢も頼ってしまう。軽く不機嫌になっているフジシロを預け
て渋沢は大学に向かった。

(三上とけんかしていないだろうか)

(おやつはちゃんと食べただろうか)

(サッカーボールをしまい忘れたな…)

(今日の夕飯は何にしようか)

(オーソドックスに肉料理がいいか)

そんなこんなで夕食時である。肉料理、といって野菜を混ぜれると
したら一番に頭に浮かんだのがハンバーグ。今夜はハンバーグにみ
じん切りにしたにんじんを入れてみようか。

「…ぅう…ひどいっす。食べれないの知ってんのにぃ…っ」
「…」

どうやら失敗だったようで、フジシロは泣き出してしまった。さす
がにみじん切りにされて練り込まれたハンバーグからそのかけらを
取り出すのは不可能だったようだ。大好きな肉を食べられずに更に
泣くフジシロに、念のために用意してあった普通のハンバーグを取
り出す。

「センパイっvv」
「今度は頑張ろうな…」

おいしそうにハンバーグを食べるフジシロに脱好き嫌いを目標にし
ていた渋沢の心意気もぐらついてしまう。普段から笑顔の渋沢もこ
のときばかりは苦笑顔だ。

「渋沢、お前甘すぎ」

ちゃっかり夕食を一緒になっていた三上がずばりと痛いトコをつく。
しかし、

「みかみは冷たすぎ」

フジシロがそんなことを言う。
周りがなんと呼ぶかでその人の呼び方を決めるフジシロは、渋沢を
「センパイ」と呼び、同じ年齢のはずの三上を呼び捨てで呼ぶのだ。

「ほらみろ、お前が甘やかすからこんな生意気に」
「はは、は」

渋沢は笑うしかない。手をつけられていないハンバーグをみて、こ
れだけでも食べさせれるようにしようと決意し直す渋沢だった。














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