常連誕生


「…」

ツバサはいつもと同じように寝たい、と言ってマサキのベッドに潜
り込んだ。いつも誰のベッドに潜り込んでいるんだという質問はし
なかったのだが。もうすでに眠りかけているツバサを見た。当初か
らどうにも気になっているのが耳としっぽ。人間の形をした体から
それだけが生えている。ちょっとした好奇心だ。

「んん…」
「…」

本物かどうかを見るために耳を触ってみる。夢の中のツバサは少し
声を出してまた静まった。ちょっとおもしろい。

「んや…っぁ」
「…弱いのか?」

身をよじらせて、耳を触る手から逃れようとシーツの中に入ってい
くのを見て、ぽつりとそんなことを漏らす。しかし、シーツの中に
頭を入れたことでくの字に曲がった体は、そのシーツの外にしっぽ
を出すコトになった。ときどき思い出したかのようにさきっぽがぴ
くりと動く。

「…」

軽く握ってみた。

「にゃああっっ!」

(にゃあ…?…つか起きちまったな)

咄嗟に出る言葉は猫語なのだろうか、と頭の隅で考えつつも完全に
起きてしまったツバサを目の前にしてどうしようかと考えた。

「な、な、何っ…!」
「やっぱ本物なんだな」
「え、何…??」
「耳としっぽ」
「…今確かめたんだろーが」

顔を赤くしつつ、起き抜けのツバサの頭は急回転する。驚いた顔は
すぐさま不機嫌な顔になって、しかし火照ってしまった体を隠そう
とシーツにくるまった。体の作りは人間とあまり変わらないようで
ある。

「っー。…何見てんだよ」
「辛いのかな、と」
「わ、っちょ、上に乗んなってば!」

そろそろツバサの扱いもなれてきたのか、マサキの顔には余裕の笑
みである。高まっているツバサのものを慰めようと手をかけようと
したが、条件反射でツバサの爪が出た。

「っ…」
「ぁ…。…ゴメン」

空を切ったと思った手先はマサキの右頬のあたりを掠め、皮膚を切
っていた。細い傷跡から少量の血が滲んでいる。それを見てツバサ
は固まった。シゲの…店長の教えでもあることを思い出した。

『客に手をあげるな』

口をすっぱくして教えられたことである。今、自分はそれを破った。
黙ったままのマサキを心配そうに見つめながら、ツバサの顔は青ざ
めていく。

「ごめん…なさい…。痛い、よね…?」
「まぁ、多少は」
「…」
「いや、大丈夫だし」

少し意地悪をしてやろうかとマサキは黙っていたのだが、ツバサの
狼狽ぶりを見て逆に慌てる。皮膚を傷つけたツバサの手が震えてい
る。そんなに大したことをしたと思っているのだろうか、と考えな
がらマサキはそっと抱きしめた。

「何か…お前ってわかんねぇな」
「え…」

抱きしめながら、顔が向き合わない状態でマサキがくっくと喉で笑
う。その仕草を不思議そうに考えながら、褒められたのか貶された
のかも分からない状態で、ツバサはとりあえずその背中に手を回し
てみた。

「マサキは…カノジョいないの」
「寝室に入れたのはツバサが初めて」
「…ふぅん」

少し特別になったような気がして、ツバサはもう一度強く抱きつい
た。それでもちゃんと否定してくれなかったのが少しだけれど悲し
く、同時にペットの分際で何をいっているのだろうと可笑しくなる。

だけど少しだけ。
今だけマサキと共有の時間を過ごすことが嬉しく思えた。






「何や、どしたんソレ」
「猫に引っかかれた」
「あ、レンタル何とか言うトコで借りた、」
「そう」

一週間の期限が切れて返しに行った帰りに、同期生のナオキに会っ
た。すると彼はマサキの頬の傷を指摘したのですぐに答える。しか
しそこに怒気などはなく。

「えらいモン借りたなー、大変やったろ」
「…いや、可愛かったし」
「は?」

むしろ嬉しそうにも見えて。これがペットに対する親ばかではなく、
傷を貰ったことに対する喜びなのならナオキは友達をやめようと思
ったとか。けれど実際はどちらも違うようで。また今度も借りると
いうことなので、見に行ってもいいかと訪ねると

「それは無理」
「…さよけ」

思わぬ独占欲を見せつけられて何も言う気はなくなった。

黒川柾輝常連決定。















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