「いいバイトありませんかねー?…え、オーナーさんなんですか?
  あ、はい是非。ええ、大丈夫です。じゃこれから行ってみますね」

一人の長身の青年が、携帯片手に誰かと話をしている。その表情は
終始笑顔だ。身長は180はあろうか。相当な高さである。彼は意
気揚々に街を歩いた。






                              バイト希望者








「すいませ〜ん」

間延びした声が店内に響く。からんからんと扉の鈴が鳴った。

「いらっしゃいませ、何かお探しで?」

にこやかに迎えるのはおなじみのシゲだ。髪の毛をとくためのくし
を一度置くと、カウンターに歩み出た。

「いや、バイト出来ないかなぁと」
「…えらい良いタイミングできはったな」

シゲはその客らしき人物のタイミングに驚く。店の具合も軌道に乗
り、店の方も忙しくなってきた。人材が欲しい次期であったのだ。

「開店から数ヶ月。客足も好調だし、ここは本店。そろそろ一人で
  は忙しいんじゃないかと踏みまして」

頭ええなぁ、などと軽口をたたきつつ、カウンターにあった携帯を
取り出す。

「まぁ少し待っとってくれるか。オーナーに連絡して…」
「あ、それはもう済ませてあるので。店長のあなたにさえ了承が取
 れればいいらしいです。あ、ボク須釜って言います。よろしく、
 店長」
「よろしゅうな。…ちゅーか、でかいなぁ」

かけかけた電話を切って、シゲは見上げる。これで店の中も縦に使
うことが出来るなぁ、と思った。





「とりあえずここにおんのはこれだけや。ネコ科にツバサとタキ…
 ツバサは今レンタル中やけどな。犬科はフジシロもそうで…せや
 けど延滞しとるな。今度延滞の金の取り方教えるわ。あ、あいつ
 はあんま使えへんから」

あれ、とシゲが指を指す先にはナルミが唸りながらこちらを見てい
る。しかしスガはそれに動じることもなく、

「そうですね」

などと相づちを打っていた。店員用の黄色いエプロンをつけさせる
と、シゲは店内の説明をし始める。

食事の管理。

「一日三食や。それぞれ好物があるからな、一日に一食は入れたっ
 て。あとでリスト見せるからよう覚えとき。キッチンは奥にある
 からそこで作るんや」
「…はぁ、大変そうですね」

それを今まで一人でやっていたのかと思うと感嘆の声も自然と出る
ものだ。スガ自身この店のことを前々から調べていて、新しい入荷
をいないと思っていたのだがこんな理由があったとは。

「何人ごとみたいに言っとんねん。お前が作るんやぞ」
「…はぁ」

早まったかな、などと思いつつ記憶力には自信があるし、と思い直
した。

毛並みの手入れ。

「うちで使とるんは高級品や。おかげで髪の毛はふわふわ、肌はつ
 るつる。まぁ、ナルミはノミがつかん程度でええわ」
「そうですね」

さらっと流したひどい言葉を、シゲに見習ってスガもさらっと流す。

「コラー!動物虐待っつーんだろ、ソレ!」
「いや、ただ単に差別しとるだけや」

しかしすぐに店の奥のあまり売れなさそうな場所から非難の声が上
がった。紛れもなくナルミである。しかしシゲはそれをあっさりと
受け流して話しの先はスガに。

「この店での彼の立場は把握しました」
「それで十分やわ」

少しの間をおいてスガはにっこりと笑った。彼の性格も大体把握出
来るところである。住み込みでも大丈夫だと言うこと。

「さっき話したキッチンのもう少し奥は住めるようになっとるんや。
  家の半分が店だと思ってくれたらええ。奥の座敷がオレの部屋な
 んやけど、二階にまだ使ってへん部屋があるから…」
「そこに住み込んでもいい、と」

店の奥をさして話していると、物わかりがいいようでスガは確認の
意味も込めて尋ねた。

「そーゆーことや。どーする?雇うのは決まっとるからどっちでも
 ええんやけど」
「後日相談で」
「早めに頼むで」

他にバイトがおるかもしれへんし、と言いつつも内心は住み込んで
もらったら楽になるなぁなどと考えるのはシゲの性質だ。


からんからん


そこまで話をしていると、店の鐘が鳴った。誰かが来たようである。
褐色の肌の青年…一週間前にツバサをレンタルしていったマサキだ。
そしてもう一人金持ち系の婦人が店内を見回していた。

「いらっしゃいませ。こちらは返却ですね。そちらの奇麗なご婦人
 は?」
「あらお上手だこと。ここでネズミ退治の出来るネコが借りられる
 と聞いたのだけど」
「ああタキですね、少々お待ちください」

シゲは接待を済ませるとスガにカウンターに来るように言う。褒め
言葉は商売の心や、と耳打ちする。そして仕事を覚えさせるために
いつもよりゆっくりめのスピードで手続きをしていく。

「マサキ、またレンタルしてねv」
「ああ、また来るよ」
「ありがとうございましたー」

少し名残惜しいのか、こちらをちらちらと振りかえつつマサキは店
を出ていった。

「あ、おかえりなさい」
「ただいま、タキ。あ、今から?」

一週間ぶりに顔を合わせる二人は軽く挨拶をする。ツバサの方はご
機嫌である。しかしその理由を深く問いつめると機嫌が悪くなるの
を知っていた。

「はい、また猫退治なんですけど」

とりあえず無難に会話を返した。

「あー多いらしいね。でもレンタル率いいじゃん、ナルミよか」
「ええ、ナルミよりは」

ナルミの立場が把握できる会話である。

「おいコラァー!何陰口叩いてやがんだよっ」
「あれ?陰口って言うのは陰で言う物だと思ってたけど」
「むしろ陰にいるのは彼の方ですよね」

言われているナルミの方ぐうの音も出ないようだ。そもそもこの二
人がタッグをくんで勝てない相手はそうそういない。今の会話もほ
んのジョブに過ぎない。

「あははー、確かに。お客さん待たせてるみたい、じゃなタキ」
「はい、行って来ます」

ツバサもいつも檻の中に入って一息つき、そこでやっと見慣れない
存在に気付いた。シゲよりも、ましてやナルミよりもでかい人物。
人見知りはしないものの少し警戒するツバサにスガは苦笑いだ。

「…シゲ、誰この人」
「今日付けでここで働くようになった須釜や」
「どうも、スガです」

簡単な自己紹介に本人からの笑顔のおまけ。一見それは人の良い笑
顔なのだが。

「可愛いな〜。いやぁ、ホント可愛い。こんな子の世話が出来るん
 ですね?店長、やっぱボク住み込みで」
「…」

さわやかな笑みを浮かべつつどこか親父くさいのは何故だろう。少
し身の危険を覚えたツバサは軽く会釈する程度だった。

「あ、もう一つ教えることがあったわ」

そんな様子を見ていたシゲが、スガの腕を掴んでいつの間にかツバ
サに近づいていた距離を離す。

「店内恋愛禁止」
「……そうなんですかぁ」

両者共に裏を秘めた笑みで笑い合っていた。












→タクミ入荷









ブラウザで閉じちゃって下さい
*気まぐれな猫*http://kimagure.sodenoshita.com/*