スガが小さくメロディーに乗せて口ずさんだ。

                                                ディンドン


Ding,dong,bell.
Pussy's in the well.
Who put her in?
Little Jonny Green.
Who pulled her out?
Little Tommy Stout.

What a naughty boy was that.
To try to drown poor pussy cat.
Who never did him sny harm.
And killed the mice in his father's barn.

-ディン ドン 鐘が鳴る。
仔猫が井戸の中にいる。
誰が放り込んだ?
ちびのジョニー・グリーンの奴だ。
誰が引っ張り上げた?
ちびのトミー・スタウトさ。

ジョニーはなんて悪い子なんだ。
哀れな仔猫を溺らすなんて。
一度も悪戯しなかったのに。
納屋のネズミも殺したのに-




店内にはスガとタキしかいない。シゲは奥で休んでいるし、他のペ
ットはめずらしくいない。あのナルミでさえもだ。とんだモノ好き
がいたものだと、営業スマイルで対応していた。

かしゃん、と檻が鳴った。タキが表情を硬くして、うっすらと目を
開けている。数瞬間おいた後、スガの方を見た。

「マザーグースの一説ですね」
「ご存じでしたか」
「よく聞こえましたよ」

お互い笑みを壊さない。普通の人間がこの場にいたのなら、この雰
囲気に耐えられずに退散するだろう。二人はお互いに引かない。沈
黙の後、仕掛けたのはスガだった。

「この唄で一番可哀相なのは誰だと思います?」
「…井戸に落ちた仔猫…に殺されたネズミ」

タキの両手が疼いた。つい最近ネズミを処分したばかりだというの
に。あまりに趣味の悪い冗談だと思う。しかし、それで引き下がる
ほどタキは温厚ではなかった。

「…それだとおかしなことになりますよ」
「どうして」
「もしそのネズミを一番可哀相だとするのなら、それを殺す仔猫を
 井戸においやったジョニー・グリーンが悪いと言われるのはそれ
 以上に可哀相じゃありませんか?」
「…」

にっこりと笑ってスガは言った。いつのまにはタキの檻の前で座っ
ている。手に、はたき用のほうきを持てあましていた。目を開き、
少し細めてタキは言った。

「…じゃあ、一番嫌な奴は誰だと思いますか」
「…こんな事を言うボクかな」

苦笑気味にそう言った顔を正面から見据えて、違いますよと首を振
る。

「すべてを見透かした上で鐘を鳴らす誰かさんですよ」
「なるほど」

タキの回答にスガは妙に納得して手を顎に当てた。数秒の後、掃除
に戻ったスガに分からないようにタキはため息をついた。そして小
さく口ずさむ。


Ding,dong,bell.
Pussy's in the well.
Who put her in?
Little Jonny Green.
Who pulled her out?
Little Tommy Stout.

What a naughty boy was that.
To try to drown poor pussy cat.
Who never did him sny harm.
And killed the mice in his father's barn.

-ディン ドン 鐘が鳴る。
仔猫が井戸の中にいる。
誰が放り込んだ?
ちびのジョニー・グリーンの奴だ。
誰が引っ張り上げた?
ちびのトミー・スタウトさ。

ジョニーはなんて悪い子なんだ。
哀れな仔猫を溺らすなんて。
一度も悪戯しなかったのに。
納屋のネズミも殺したのに-


「And killed the mice in his father's barn...」

もう一度最後の一説を歌い、疼く両手を思い切り床に打ち付けた。
おそらくその音でこちらを見ただろうスガの視線と目を合わさない
ように。タキは折り曲げた膝に顔を埋めた。

「おはようございます、お休みになれましたか?」
「ああ、おはようさん。すまんなぁまかせっきりで」

スガは手にしていたはたきをナルミの檻の奥にあるロッカーにしま
い、ふと思いつく。

「あなたは鐘を鳴らす人ですか?」
「何の話や?」
「いえ…何でもないです」

スガはその唄を二度と口ずさまなかった。











→明け方の淡心









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