「お願いするわね」
「はい」
「食事は…自分で出来るんだったかしら」
「はい、ご心配なく」
「本当、手がかからないわ」
「旅行の方、楽しんできてください」








                              ネズミ








タキの仕事は、家に住み着いたネズミを排除すること。レンタルさ
れるのは、何故か金持ちの家が多い。タキなりに、ネズミが住み着
くのは大きな家の方が住み良いからではないかと考える。今回もい
つもと同じように、主人の旅行中に事を済ませることになっていた。

(ツバサさんみたいに愛玩だけだったらなぁ)

最近になってそれを強く思う。タキにとって彼は憧れの存在だ。そ
の憧れる、という感情の種類は少し違う。本当に少し、そんな風に
思うだけで、実際なれたらいいとは思わない。ただ想像をしてみて、
そうである自分がどんなものかを思い描く。

ネズミを排除すると言うことに苦痛はない。人間のテリトリーに入
ってしまう彼らが悪い。入るにしても見つかるようなへまをしなけ
ればいいのにとタキは思う。

自分は何に不快感を持っているのか。人間の言うことの矛盾だった。

動物を飼う。動物を捨てる。動物を生かす。動物を殺す。自分から
言わせれば、種族が違うだけでネズミも人間も自分も同じだ。そこ
に優越をつけ、その生死を操れるかのようにしている人間に従って
いる自分。

「…」

タキは自嘲した。今更だ、と。きびすを返し、ネズミのいるところ
に歩いた。


「ここは人間のテリトリーだ。すぐに立ち去りなよ」

5、6匹かたまっているハツカネズミ。場所は台所から続く地下倉
庫の中だ。空きの段ボール箱や、ワインがおいてある部屋の隅。白
く動いているその一匹を、タキは素早く捕まえた。

「どうして捕まると分かっていて、人間のテリトリーに入る…?」

ネズミは応えた。


子供がいるのです。


途端に何かがこみ上げてきた。その正体が掴めずに半ば放心してい
ると、その手からネズミが逃げた。そして、見てしまった。小さな
ネズミは、さらに小さなネズミに喰われていた。すでに片足なかっ
たのだ。

吐き気がして、思わず手で口を押さえる。しかし出てきたのは涙だ
った。何の涙か分からなかった。ただ、他人の死を目の当たりにす
るのは初めてだった。タキは流れている涙を弔いのものだと解釈し
て止めることをしなかった。

この屋敷にはペットがいる。皮肉なことにそれはハムスターだった。
地下倉庫から出てきたタキは、それを知ると今度は笑った。旅行中
の主の部屋に、そのハムスターの住まいはある。自分が入っている
檻よりもずっと細い、力を入れれば壊れてしまいそうな檻。檻と言
うよりも籠に近いのかもしれない。

中のハムスターはからからと回し車を走っている。彼はそうすれば
外に出られるのだろうと思っているのか。ゴールデンハムスター。
人気のある品種だ。しかし、タキにいわせればどれも同じ。

彼はタキに話しかけた。


ここから出して。


「…」

タキは応えかねた。先ほど見ていた『死』が脳裏によぎる。


外の世界を知りたいんだ。ここから出して。


タキは籠に手をかけた。
台所に戻る。手には彼を乗せて。そこで待っていて、と告げて戸棚
から小麦粉を出した。手にまぶして、そっと彼を撫でる。撫でる。
薄く元の色は見えるけれど、暗がりで見たらネズミだ。主がタキに
排除を求めたハツカネズミだ。

地下倉庫から、彼と同じくらいの大きさのハツカネズミを手に取っ
た。同じように待たせて、果物かごの中からオレンジを取り出す。
鋭い爪で皮をむいて、果実を取り出す。果実から滴るオレンジの水
滴をハツカネズミに垂らした。乾いては垂らし、それを繰り返した。
いつのまにかハツカネズミはハムスターになっている。

元ハムスターの彼を地下倉庫に。ここは危険だと皆に告げて、と頼
んで。ハツカネズミ達が住める郊外の屋敷を教えた。あの地下には
仲間がたくさんいる。屋敷の庭には果物の木がなっている。道沿い
にはゴミ捨て場があるから、人間の食い物の漁れ、と。

元ハツカネズミの口元についた血をふき取って、籠の中に入れた。
人間の手を噛まないで。そうしたら生きてゆけるから。ただ、君の
動けるのは回し車だけだけれど。食べてしまった母の分まで生きな
さい、と。

タキは遅めの昼食をとり、主に書き置きをした。いつもこうだ。旅
行中に仕事を済ませ、完了の証として書き置きをする。あとはあの
店に戻るだけ。

主は旅行から帰って気付くだろうか。

「気付かない」

人間は自分が思っているよりもバカだ。そして彼らが下だと認識し
ている動物は頭がいいのだ。タキは店に戻る。ツバサに少し憧れを
抱き、それを憧れだけでとどめ、何喰わぬ顔で言う。

「ただいま」

店には一人新しい人間が増えていた。バイトらしい。店長のシゲに
続いてまた頭のいい人間が増えた。

「はじめまして、タキです。よろしくお願いしますね」

タキはいつものように微笑んだ。














→三上来店









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