腕の中にいるのは確かにひばりだった。初めて見た時から只者では
ないとは感じていた。そうでなかったら、一目で虜になるはずがな
い、と。その直接的な理由になるかは分からないが、意中の人の秘
密を知ったディーノは、腕から力を抜けずにいた。











                              雲井はるかに鳴く10











ディーノの取れる行動は限られていたが、一人では対処しようのな
いこともだということも分かる。ゆっくりとひばりを畳の上に寝か
せると、閉めたばかりの障子を開けた。叫ぼうと息を吸ったが、こ
の状況を誰にでも見せて良いとは思えない。吸った空気をため気に
変え、周りを見やる。すると、別室に客を案内し終えた武と目が合
った。以前に雲居屋を訪れた時、恭弥の横にいた男だ。用心棒の傍
ら、店の手伝いもしているのかと頭の隅で考えながら、出来るだけ
声を抑えて助けを求めた。











「他言無用でお願い致します」


武から哲に伝わり、事の顛末を聞いた彼はすぐさまひばりの介抱に
回る。一段落すると、神妙な面持ちで二人に話した。


「…恭弥の情報源、ずっと気になってたんだよなー」


そーゆーことか、と付け足して武が呟く。その様子だと、今まで恭
弥とひばりが同一人物だということを知らなかったようだ。常に傍
にいる感覚であったので、その事実は意外だった。
相変わらず能天気な声と、自体の緊迫さがあまり伝わっていないよ
うな態度は哲の感情を逆なでするようだった。


「今、私からは全てをお話することは出来ません。後日、日を改め
  て本人からお伝えいたします」

努めて冷静に振る舞う彼を見ながら、ディーノの意識は別にあった。
ひばりが恭弥であったということ。女性だと思っていた相手が男性
だったということだ。それに対して驚きはしたものの、嫌悪感は不
思議となかった。


(あの、眼か…)


自分が惹かれたのはあの眼差しだ。ひばりであれ恭弥であれ、その
眼は変わりようがなかった。


「あいつが起きたら伝えてくれ」
「は、」


ディーノは一つ心に決め、にっこりと笑って哲に告げた。










「必要なら手を貸す。遠慮なく言え。…だそうです」
「…何それ」
「一人で背負う問題と規模じゃない、とも話していました」


哲から渡された白湯を飲むと、恭弥は息をついた。昨日1日だけで、
物事が多く動き過ぎだ、と。恭弥が自室で目を覚ますと、まず始め
にほっとした顔の哲が目に入る。

記憶をゆっくりと呼び起こすと、なぜ障子の向こうに日が照ってい
るのか不思議だった。自分の記憶では、夜だったはず。事情を聞い
て、恭弥はもう一度気を失いかけた。


「…ディーノ宛に文を出しておいて。明日、話をする」
「はい」
「武は今呼んでくれる、」
「…それが、」
「なに」
「…今朝から姿が見当たりません」


言い淀む哲を促すと、予想外の答えが返ってくる。確かに、武は日
頃から町をぶらつく癖はあったが、出かける時は必ず声をかけてか
ら出かけていた。それがたまたま今回は声をかけなかった、という
だけなのだが。正体を知られた翌日、という所が気がかりだった。

引っ切り無しの問題に、治まっていた頭痛がぶり返すようだ。恭弥
はこめかみを押さえながら、武捜索の命を出す。


(…潮時か)


ふと、頭の中に浮かんだ言葉。2重生活や、少数団体での治安の維
持。代官との対立。日頃から考えなければならない問題が山積みに
も関わらず、ここ数日は殊に忙しい。諦めろ、と誰かに言われてい
るようで癪だった。


「哲、出島への文はなしだ」
「は、」
「直接赴く」


抗ってやろう。恭弥は布団から出ると障子を開けた。太陽はすでに
高い位置にある。それに目を細めながら心に決める。何か道筋が決
まろうとしているのかもしれない。それが変えられないものだとし
ても、待つよりも動いていた方が性に合う。恭弥の足はディーノの
いる出島に向いた。










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