混血児がこの地で疎まれていることを身で感じた。その時に差しの
べられた手がどんなに暖かったか知れない。その男へ想いを寄せた
姉。しかし、男は別の人物を想っていた。

シャマルもビアンキも。
すべて目の前の恭弥が奪っていったのだと。

隼人の思考はそこから動くことは出来なかった。









                              雲井はるかに鳴く14










「お前も邪魔すんのか」


かつて自分に小刀を手渡した男を睨んで、隼人は呟く。一度対峙し
た時に分かった実力差。しかし、今はそれを感じても退く考えはな
い。むしろ自分を邪魔する存在だということに苛立ちを覚えた。


「それ、こんなことの為に渡したんじゃねーよ」
「黙れ」
「これで守れたのか」
「…」


離れたところに落ちた小刀と隼人を交互に見て、武は感情を込めず
言葉を吐く。守るために渡した刀だった。それを今更ながらに悔い
てしまう。


「お前、今何を守ってんだ」
「うるせえぇっ!!」


一番言われたくない言葉を一番言われたくない人物に言われ、隼人
の体は沸騰するように熱くなった。相手は刀という獲物を持ってい
る。しかし、そんなことはどうでも良かった。ただ、その怒りをぶ
つける場所が欲しかったのだ。それを汲むように、殴りかかってく
る拳を、武は素手で薙いでいた。

様子を見ているだけに留まっていた恭弥の近くで足音がする。その
音に気を取られたのか、隼人が見せた僅かな隙を武は見逃さなかっ
た。殴りかかって伸び切った腕を掴み、素早く後ろ手にすると拘束
する。音で振り返った恭弥の前には、切れぎれの息を整えるシャマ
ルの姿があった。


「…すまん。目を離した隙にいなくなってな」
「亡くなったんだってね」
「ああ…」


シャマルは雲居屋の騒動の面倒を見た後に、自分の見世である金波
楼に戻っていた。その彼が隼人を追ってこの場に来たということが、
彼の姉である赤髪の女が死んだということを強く物語る。


「流通を取り仕切ってんのがお前だろ。その話したら、勘違いしち
 まってな」
「お前っ…!」


恭弥に向け話しながら、シャマルは隼人の方へ足を進める。武に体
を抑えられているものの、すぐにでも暴れ出しそうな様子を見ると
シャマルは懐から布を取り出した。それを口に数秒当てられた隼人
は、すっと瞼を下ろした。力の抜けた体を武が支えるのを確認する
と、改めて恭弥の方を向く。


「害のない麻酔薬だ。どこで休ませてやってくれ」
「武、彼をうちへ連れていってくれる」


ぐったりとした体を肩で背負うと武は応と頷いた。それを確認する
と、恭弥は落ちていた小刀を拾い渡す。


「君の話はあとで聞く」
「…ああ、悪ぃ」


先に隼人の看病を優先させ、了承の代わりに武は小刀を受け取った。
かしゃりと手と手の間で小刀が鳴る。そこに乗っていたであろう隼
人の想いに考えを巡らせると、恭弥は息をつくしかなかった。


「恭弥、昨夜の件で話がある。うちの見世に来られるか」
「分かった」


2人を見送ると、シャマルが口を開く。何か進展でもあったのかと
すぐに尋ねたかったが、隼人の目が頭から離れずそれも億劫になっ
た。

直接彼の姉に手を下したわけではない。しかし、流通を管理してい
たのも事実だ。反論出来ないのは分かっていた。足取りは重い。い
つの間にか朝もやはなくなり、いつもと変わらない朝日が遊郭街を
照らしていた。



「目、覚めたか」
「…ああ」


雲井屋の客人の間で隼人は目を覚ました。廓の作りはあまり変わら
ないのだとぼんやりした頭で天井を見ながら考える。布団と傍には
武が胡坐をかいて座っていた。いつもに増して冷たい視線だったが、
隼人にとってはどうでも良かった。


「頭、冷えたか」
「…分かんねぇ」
「…」


憎しみは簡単に消えるものではない。武はそれを知っていた。しか
し、自分がそうだったように彼にも乗り越えて欲しいと願っている。
なかなかうまく行かないものだと胸中で呟き、足を組み直した。


「あいつが、言ったんだ」
「ん?」


幾分かはっきりした口調で隼人が言葉を続ける。一瞬何の話か分か
らなかったが、恭弥を襲った原因のことだと思い当る。


「シャマルが、薬を流したのは恭弥だ、って。はっきり言ったんだ」
「それは流通の取り仕切りの話を勘違いしたんじゃないのか?」
「違う」

勘違いではないとすれば…。悪い予感が武の胸中をよぎった。今の
隼人が嘘をつくとも思えない。常に自分が傍にいた恭弥にそれが出
来たとは思えない。


「…違う、恭弥が女たちに薬をまいてるって言ったんだ」


シャマルが、嘘をついている。
全貌はまだ見えない。しかし、疑わしい人物と恭弥が一緒にいる事
実はすぐに思い浮かんだ。どうしたら良いか。考えずとも体は動い
た。走り慣れた遊郭街。金波楼までの道のりがこれほど遠く感じる
とは思わなかった。武は腰にある刀を握り直し足を速めた。








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