「なぁ、」
「…」
「なぁってば」
「…んだよ」
「んな顔すんなって」
「お前がいる限り無理」


月明かりが銀色の髪を照らす。街は賑わい、そこかしろに明かりが
灯る。光を受け、反射する髪は不思議な色を武に見せていた。ゆる
い円を描くように建てられた遊郭街は裏道がいくつもある。隼人が
入ったのもその道の一つだ。自分の住処に戻る、近道なのだろう。
自然と足は速くなって行った。











                              雲井はるかに鳴く6











「いつまでついて来る気だ」
「お前が逃げなくなったら」
「逃げてねーよ」
「そっか?」


ちょうど水路にあたるところに来ていた。喧騒と水の音が混ざりあ
う。わずかにうねった水に、歪んだ月が映った。それを視界の端に
捉え、武は足を止める。追いかけていた相手もそうしたからだ。隼
人は不機嫌そうに顔をしかめる。もともとある眉間のしわが更に深
くなった。

廓主の用心棒という点では共通点がある。年頃もそれほど変わらな
い。だが、二人は歩み寄ることはなかった。


「それ。どこで手に入れた?」
「…何のことだよ」


体が強張るのが見て取れた。子供だ、と思う。武は感情を抑えるの
に努めた。運よくシャマルに拾われた混血児。肉親や特定の人にし
か心を開かない態度を好ましく思わない。狭い世界を全てだと思っ
ているような彼を、昔の自分を見ているようであまり気分は良くな
かった。だからだろうか。彼に対してあまり言葉を選べなかった。


「とぼけてるつもりなら、あんま上手くねーな」
「…」
「その銃、どこで手に入れた?」


雲居屋に来た時に気づいたそれは、恭弥の言葉を借りるのであれば、
彼には荷が勝ち過ぎる。用心棒とは名ばかりで、脇ざしの一本も持
っていないことを隼人はいつも気にしていた。その彼が、一般人で
は手に入れにくい武器を持っているのは不自然でしかない。武の語
尾はきつくなった。問われて素直に答えるのであれば、ここまで逃
げてはいない。隼人は衿をぐっと握った。口を割らないように力を
入れている。


「…姉さんの迷惑にならないのか」
「!」


銀髪の彼に、赤髪の姉がいることは知っていた。詳しい事情までは
分からないが、彼が姉を想う気持ちは分かっている。こうして話の
引き合いに出すのはあまり好きではなかったが、武は言葉を区切っ
て話す。


「お前が行き来するところなんて、たかが知れてるんだ」


風が吹いて銀色の髪がなびいた。月明かりが雲の影を落とす。その
影は早く動く。この分だと明日は雨だろう。武は空をちらりと見や
り思った。


「無理矢理立ち入って良い場所か?」


隼人にとって、金波楼は自分の居場所そのものだ。唯一与えられた、
自分の家。姉と一緒に暮らせる家。それが遊郭だったとしても、そ
こにある小さな幸せは本物だ。それを守る為に手にした銃が、今度
は壊そうとしている。武の物言いはとても静かだ。ただ、今の空の
ように月明かりを遮ったりそうでなかったりと、心を乱す。


「治療代の代わりだって、」
「シャマルさんのか」
「…出島で貰ったって言ってた」
「それを盗って来たんだな」


相変わらずの口調に、隼人は反論しようと口を開きかけた。しかし、
何を言っても流されそうで二の句が継げない。事実は事実だ。そこ
にどんな感情が入っていようと変わらない。自分がシャマルによっ
て命を助けられた事実が変わらないように。

隼人は黙ったまま銃を取り出した。慣れない重みを握りしめ、ゆっ
くりと銃口を武に向ける。銃口についている、狙いを定める為の突
起が震えた。彼を消せば、守れるのだろうか。この引き金を引けば、
終わるのだろうか。雲が多くなった。月明かりが途切れ途切れに二
人を照らす。


「撃つのか」
「…」
「撃てるのか、お前に」
「…なめんなっ!」


引き金を引く瞬間、銃口の先に見たのは一筋の光だった。抜刀をし
たのだ、と理解するのと手に重い衝撃を受けたのは同時だった。が
きん、と鉄と鉄がぶつかる音がすると銃は宙に舞う。鈍く光りを灯
したそれは、あっけなく地面に落ちた。隼人は地面に落ちた鉄の塊
に視線を落とす。いや、武に視線を向けるのを恐れた。

幼いころから怖い目には合って来たつもりだった。それこそ殺され
そうになった場面もあった。だが、今がそのどれよりも怖い。本当
に自分自身に刃が向けられたと感じたからだ。通りすがりの、でも
なく、混血児の一人、でもなく。

隼人という人間に向けられた刃が、とてつもなく怖かった。


「…悪ぃな。壊しちまって」


刀をしまって、体を屈めて武は銃だったものを手に取る。この状態
では、恭弥に怒られそうだ、と眉が下がった。布にくるんで懐にし
まうと、脇ざしを鞘ごと帯から抜く。大刀と小刀を持ち歩いている
武だったが、脇ざしである小刀を抜くことはまずなかった。刀を抜
くときは覚悟を持った時。覚悟がある時は必ず相手を仕留めにかか
る。一回り小さな脇ざしよりも、大刀の攻撃が強いことは周知だっ
た。


「代わりにこれ、やるよ」
「…なんだ、それ」
「守りたいものがあるのは、俺も一緒ってことで」


脇ざしを持った武の手の甲に、ぽつりと雨粒が落ちた。足もとに、
隼人の頬に、地面に雨粒が落ちていく。すっかり月明かりはなくな
っていた。重く重く流れる雲が、雨を連れてくる。

隼人はゆっくりと、武の手から刀を取った。それは想像よりも重い。
先ほどの銃とは比較にならなかった。かちゃりとつばと鞘がぶつか
る音がする。見よう見まねで帯に鞘をさした。やはり、ずしりと重
さを感じる。小刀であったが、一息で抜刀するにはもう少しの鍛錬
が必要だ。


「何を守って、何を敵にするのか。ちゃんと考えろな」


雨脚が強くなる中、武は踵を返しその場から去った。残された隼人
は柄を握り締める。悔しいのか、悲しいのか。どれともつかずに涙
を流した。背を向け歩く男を斬ることも出来た。しかし、柄の先に
ある重さがそれをさせなかった。引き金を引くよりも重いそれは、
考えさせる時間を与える。視界から武が消えるまで、隼人はその場
から動けなかった。












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