此の子を強くしなければ。此の子の為に。姫の為に。








乳飲み子であった子供は、すくすくと成長していった。部下の目から
遠ざけ、自分一人で育てる。其れはさながら親子のようだった。
一人で立ち、言葉を理解し、苦無を操れるようになるまで時間はかか
らなかった。

「おっしょーさま」
「お師匠様でしょう」
「はい、おししょおさま」

四つの時。自分の呼び名を教えた。此の年であれば、弟子として隠密に
いるのも不思議ではない。同時に、赤ん坊だった此の子へ名前を考える
必要があった。

「諸国の絵札の中に、トランプというものがあります。男を表すカード
はジャック。貴方の名前は其の頭文字を取ってジェイにしましょうか」
「じぇい…」
「そうです」

正直、気まぐれでつけた其の名前に、ここまで喜ぶとは。
ジェイは花が咲いたように笑った。其の笑顔が姫を彷彿させるので、
ソロンはいたたまれなくなり、訓練を強要した。
自分の中にある何かを隠す為に。

「遊んでいる暇はありませんよ。貴方には私の武器になって貰わなく
てはいけないのでね」
「はい、お師匠様」






姫の面影を追っているのは自分だったが、其の美貌が周りに如何なる
影響を与えるのかを認識したのはある事件がきっかけだった。
ジェイは八つになっていた。



其の日は、次の任務の為に某国の宿屋を借りた。普段の黒装束から
旅人へと姿を変えた一行は、何食わぬ顔で部屋に住まう。其の一室に
ジェイはぽつんと一人座っていた。
ソロンはというと、下準備の為に席を外していたのだが、ふいに扉を
ノックする音が聞こえる。ジェイは特に注意を払うことなく其れを開
ける。
外にいたのはソロンの配下の男達だった。

「お前、此の前の任務にもついて行ったらしいな」
「お師匠様がついて来いと仰ったので」
「隊長の何かは知らないが、調子に乗るなよ」
「そんな事、」
「自分がどれだけ弱いか教えてやるよ」

隠密部隊は少数の男から形成される。其の中には絶対的な順位があり、
隊長は絶対である。彼の命令があれば任務の為に死ななければならな
い。
そんな世界が常識の中に、妙に過保護に育てられている新人を見れば
つついてやりたくなるのが道理。部隊の中でも中の下程度の男三人は
ジェイを取り囲んだ。

「っは、一人前に苦無で応戦か?」

型どおり構えたジェイを男が笑う。訓練こそされてはいるが、経験を
それなりに積んだ人間からすれば、それは構えてないものに等しい。
ましてや、大人と子供程の体格差があれば其の勝負は目に見えていた。
二、三度金物の合わさった音がし、決着が着く。一人の男がジェイを
後ろから羽交い締めにし、にやにやと笑っていた。

「…こいつ、細いな。女みてぇだ」
「隊長の腰巾着ってのは、そういう意味か?」
「ははっ、違いねぇな!」

羽交い締めにしていた右手で、ジェイの服の襟元を無理矢理下に引っ
張る。衣服の下には、真っ白のきめ細やかな肌。其れはそこらの女の
ものよりも遙かに上質だった。加えて細い首筋が男の目の前にあるの
である。まさに据え膳だった。

「やめ、て下さいっ!」
「騒ぐなって。どうせ慣れてんだろ?」

湿った語気にジェイの体が強ばる。男の口は首筋に口づけていた。
其れが吸われたのか咬まれたかも分からないままチクリとした痛みに
ジェイは声を上げる。
元が白いだけに、刻印は赤く綺麗に残る。男達の欲望をかき立てるには
十分すぎる程だった。

「ぃ、や…!」

拘束することを疎かにしていた隙をつき、予備に隠してあった苦無を
力任せに振り回した。ジェイの突然の行動に咄嗟に反応したとはいえ、
その切っ先は男の腕を掠める。

「何しやがる!!」

逆上した男は、ジェイの横っ面を叩き倒した。どすんと、重みのない
体の倒れる音がする。整った横顔は腫れ、唇は切れ、血が流れた。
男の一人が外にいる気配を察したのはちょうど其の時だった。

キィ、と少し錆び付いた扉が音を立てて静かに開いた。
怒気か殺気か。気配が曖昧なまま、扉の向こうにいたソロンに男達の
顔からは血の気が一気に引いていく。

「去りなさい、莫迦共が…っ!」
「ひ、ひぃ!」

蜘蛛の子を散らしたとはまさにこの事で、男三人はあっという間に
部屋からいなくなっていた。残るのはソロンとジェイの二人。
伸びた襟元から覗く首筋に、見慣れない跡。床に垂れる血。

ぱんっ

「あんな格下相手に何をされた」
「お、ししょ、」

殴られた頬の上から更に平手打ちをする。其の表情は酷く冷酷だった。
見上げた震える瞳にたじろきを見せない。ただただ、殴るだけ。

ぱんっ

「技術で負け、女のように陵辱されたのか」
「…痛っ」

手の平で打ち、甲で反対の頬を打つ。反動で、短い髪を縛っていた留め
具が外れる。さらさらと流れる黒い髪。

ぱんっ

「それでも私の教え子ですか、どうなんだ、ジェイ」
「ごめんなさい、ごめ、んなさ…っ」

重なる面影がジェイを通して、酷く汚されたようでソロンは苛立ちを
覚える。怒りの対象は男達ではなく、完全にジェイに向いていた。
もっと強ければこんなことにはならなかった。姫が汚される事はなか
った。


其れを機に、ソロンの訓練はより一層厳しいものになっていた。
泣こうが喚こうが吐こうが倒れようが容赦はない。強くなる為の行程
ならば、構うことはなかった。

「私は貴方を虐めたいわけじゃないんですよ。これは誰の為だ?」
「お師匠様、が、僕の為に…」
「分かっているなら早く立たないか!早く強くならないかっ!!」


其の時ソロンは気づいていなかった。自分の影から立ち上る黒い霧に。






  


○まだまだ続きます。次で終われるようにします。頑張って、私!
何とか、矛盾点をなくしつつ、私の妄想を加えつつ、ジェイを痛めつつ(?)
話を進行していこうとは思うんですが…どうなんですかね、これ!
あの忍軍団の中に、あんな可憐な少女がいたら、きっとこんな目に
あったに違いない、と腐女子的発想がちりばめられています。
…ここで言っても意味がないですね!申し訳。