気がつくと目で追っていた。戦闘中も、移動中も、食事中も。一体、
どんな目で自分のことを見ているのかと。目が合えば、にんまりと
笑って視線だけで返す。いつでも余裕を浮かべるその表情はユーリ
を苛立たせた。


「何かあったの?」


ちょうど、最後の敵を仕留めた時だった。近くで戦闘していたジュ
ディスが話しかける。槍の先端についた魔物の血を振り払いながら、
言葉を繋いだ。


「彼と、何かあった?」


女の勘は鋭いと言うが、これほどのものなのだろうか。それとも自
分が分かりやすいだけなのだろうか、とユーリは嘆息する。何とも
答えづらい。剣を鞘に収めながら、ジュディスから目をそむけた。


「黙っていたら肯定しているのと同じね」


返答を得ずにいたのが楽しいようで、擬音でにっこりとつきそうな
笑みで言う。仲間の元へ戻ろうと歩き始めるユーリを追った。


「…まぁ、ちょっとあってな」
「あら、言えないの?」
「まだ整理出来てないんだよ」
「ふぅん、そう」


首を傾げながらも、ジュディスはそれ以上何も言わない。逆に居心
地の悪くなったユーリは堪らずに尋ねる。


「追及しないのか?」
「あなたに嫌われたくないもの」


どこまでが冗談かも分からない口調でジュディスは笑った。足取り
は軽く、黒髪の青年よりも先に仲間の元へ戻る。それを見送りなが
ら、ユーリは何度目か分からない溜息をついた。









                              花と蜜と香1








「じゃじゃーん!おっさん特製デラックスお花見パフェ〜」


結界の復活したハルルの木は、見事な花を咲かせていた。それを窓
越しに見つつ、部屋の中のテーブルにはこれでもか、とフルーツや
生クリームの乗ったパフェが置かれる。作り主は自慢げに腕を組み、
ふふんと笑った。


「すごーい!レイヴン、すごいよ!」
「盛りすぎでしょ、これ」
「食べ応えがありそうね」


テーブルの中央に置かれたパフェを囲うように仲間たちが座る。カ
ロルは面白い玩具を見つけた子供のように目を輝かせ、リタは憎ま
れ口をたたきながらもごくりと喉を鳴らす。既にスプーンを持った
ジュディスはいつものように笑んだ。


「おっさんの愛がつまってるわよん」
「いや、それいらないから」
「いっただきまーす!」


レイヴンの軽口をリタが一蹴すると、一斉にパフェにスプーンが伸
びる。ただ、山のように盛られたかに思われたパフェも、見た目や
味のバランスが考慮されている。かんきつ系は他のフルーツと分け
られ、種などは食べやすいように既に取り除かれていた。細かな気
遣いが垣間見える。何より、味の調和を図っているのは柑子色のシ
ロップだ。


「これ、何のシロップ?あまり食べたことがないけれど」
「お、さすがジュディスちゃん、お目が高いね〜」


世界を回っているだけあって、食の知識は皆よりある。それを賛辞
しながら、レイヴンは部屋の窓を開けた。緩やかな風が部屋に吹き
込む。いくつかの花弁が宙を舞った。


「ここの木の花の蜜が元になってるのよ」
「どうりで知った香りだと思いました」


珍しく眉間に皺を寄せ、考え込んでいたエステルがぱっと表情を明
るくする。城の料理人からも出されたことのない味を記憶の中で探
っていたらしい。香りだけは覚えがあったのはそのせいか、と吹き
込む風に乗って匂う花に納得をした。


「おいし〜」
「レイヴン、天才!」
「これは認めてあげてもいいかもね」
「うん、美味しいわ」
「ほっぺたが落ちそうです〜」


いつか、クレープを作っていた時の話をユーリは思い出していた。
女性の心を掴むには、まず味覚からなのだと。ちょっとしたハーレ
ム状態の目の前の光景をユーリはただただ静観していた。中央にい
る男はだらしなく鼻の下を伸ばしている。ここ数日の自分の苦悩な
ど知る由もない、ただただ今まで通りのレイヴンがそこにいた。


(…酒か。酒の勢いか。よし、酒のせいだな)


ユーリは半ば暗示のように唱え、納得するようにする。あれは彼の
本心ではないのだと。ただ単にからかわれただけなのだと。それで
救われる部分もあったが、苛立ちは増した。


「ちょっと、出てくる」
「あ、じゃあ私も、」
「まだ食い足りないんじゃないか?戻って来る時にはなくなってる
 ぜ?」
「…」


黙ったままだったユーリを気にしてか、エステルが声をかける。し
かし、指さされた先にはあれよあれよと無くなっていくパフェの山。
残す気など全くない、というようにそのスピードは止まらない。色
々なものを天秤にかけ、動きかけたエステルの足は止まった。スプ
ーンを握りしめ、パフェとユーリを交互に見やる。


「んじゃ、ちょっとしたら戻るよ」


それを見ながら、なるべく心配をかけないいつもの笑みで、ユーリ
はその場を後にした。




















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